薄野 という少女。

零崎の知り合いらしい、人殺しらしい、正義の為に生きているらしい――
らしいらしいと繋がった、風聞伝聞だらけの彼女の情報の構成要素は――なんというか、劣悪だった。
それが全て本当なら、全部が全部いただけない。

零崎の知り合いって所からまず怪しげな存在だし、人殺しは嫌いだ。何よりそれに重ねて正義の人だというのがよくないと思う。正義の上での人殺しは、殺戮というのではなかったか。

それでも見た目は両眼をのぞいてごくごく普通、どこぞの月並み女子高生とタメを張れるぐらいの一般さ。眼鏡キャラじゃないだけまだキャラが立っていないだろう様相。格好だって大きい帽子に大きなシャツを着てカーゴパンツを著悪用してるといる、特に珍しいものじゃない。大きすぎる鞄には斧が入ってるんだとかなんだとか、零崎は嘯いていたけれど――まさか斧なんて。うん、斧はよくないよね。
性格は今の若者にしては礼儀正しいものだし、端的に言うなら、いい子。そしてぼくと同年代とは思えないぐらい捻くれていない。
いや、ぼくは捻くれすぎなんだけど。


だからぼくは、彼女に対する嫌悪感を、さほど持っているわけではないのだった。
初めてあった時は妙な違和感――親近感――近親感? みたいな物を感じたけれど、それはきっと彼女の碧眼からあいつを思い出しただけに違いないのだ。結局ぼくの薄野 という少女に対する認識は、概ねその程度のものだった、り。




「……戯言だよな」




過去形なのが悲しい。今すぐ過去に遡りたい。後十分早く、否五分遅く――或いは一分でも前後してこの道を通ればよかったのだ。全くぼくは運がない。変態誘引体質、ここまで来るとただの不幸体質だ。


まるで死神みたいなシルエットが持ってるのは、二本の大斧――斧かどうかはわからないが、とりあえずそう呼称するしかないシロモノ。死神気取るならせめて鎌もってこい、と思う。



「あれ。戯言遣いさんじゃあないですか」


悲しいかな、ぼくは気配を消す術なんて心得ていないのだった。
かくして殺し名第四位の『始末番』――薄野さんとこの ちゃんと、ロマンチックな月の下の再会だった。







「これはこれは。恥ずいとこ見られました――はは」







やばい。
やばいやばいやばいやばいやばい。



後一歩だ。
バランス崩壊直前。
アイデンティティクライシス寸前。
戯言遣い今世紀最大のピンチ!
いや、全く戯言ではなく。



殺される事は、全然ピンチなんかじゃない。そんなのはどうでもいい。そんなのは、問題じゃない。



だけど――この子は不味い。
月光の元で大斧持って佇んでる彼女――



本能が叫んだ。
あの帽子だけは取らせちゃいけない。
それが唯一にして最後の砦だ。ぼくは瞬時に理解していた。






あの青い 、





「――さん。戯言遣いさん、大丈夫?」


呆然とする。


彼女はもうとっくに、大きな斧を、自分の肢体に不釣合いなバッグに収納し終えていた。






「ああ、ごめん。ちょっとぼうっとしてた――」
「吃驚したの間違いじゃないんですか? ――はは」
「いや、別に……確かに驚きはしたけど」




得物を出していたということは、獲物が近くにいるということで。
その可哀相な獲物さんは、血まみれで倒れていた。





「ここにいるの、不味いんじゃないかな。とりあえず――来る?」
「では、お言葉に甘えて」








However hard he hid , heart hear heavy hell

(隠した・その音を・それでも心は地獄聞いた)