白々と、逃避する細胞2.
一体今のはなんだったのだろう。 は、と気がついて七実は思う。 あれは自分の想起しかけた場面だ。 しかし、自分の記憶ではない。 あれではまるであの少年の―― いや、そんなはずはないのだ。 どうせ、同化する対象を間違えて――彼になりきり、想起が進んだに過ぎないのだろう。 その割に現実味が合った、などという弁解は――自分には通じない。 自分なら何が出来てもおかしくはない。 それは自慢と言うより――自嘲の思いだった。 見ても居ない事ならともかくも――見たのだから。 自分は、その場面に居て。 どうしてあんなに爪がほしかったのだろうか。 そんなに綺麗だった訳でも――ないのに。 □ □ □ 「何故欲しいんだ」 少女は「ほしいの理由がいりますか」と言った。 舌たらずな口調で、妙に大人びて。 「そうだな。ただの俺の――いや、わたしの好奇心だ。ぬしが何故そんなにほしがるのかと思っただけだ」 「ちょうだい」 「……話を聞け。大体これは――」 言いかけて、言葉が見つからない事に気がつく。 こんな物。 渡せない理由も、ない。 大体こんな物を欲しがられる状況がありえないのだ、だから理由も用意されてない。 欲しいのならあげればいい。 そんな事すら思うが―― 「くれないのですか」 あなたも、とつぶやいた少女の言葉の意味はわからない。 ただ、光の消えた瞳が、一瞬だけ輝いたように見えて―― ――それは、零れ落ちた水滴に、太陽が反射した所為だと気づく。 「……泣くな」 「ないていません」 「泣いている」 「嘘」 それ以上繰り返す事はせずに、爪を伸ばしていない方の手でその涙をぬぐった。 少女は不愉快そうに眉をひそめる。 自分は、何故だか、どうしようもない気になって―― 「っ……ぐ」 ぼきり、と。 なるべく根元から。 長く伸びた爪を。 圧し折った。 「……これで良いか」 「ちょうだい」 「ああ、」 くれてやるこんな物。 と、その瞬間、少女がやけに悪そうにほほえんだ事は覚えている。 |