白々と、逃避する細胞1.
手が汚れたので、洗った。 草を抜いても大して汚れはしないのに、虫を殺すと体液がつく。 気持ち悪いな、と少しだけ思った。 全部、適当なところにまとめて埋めてある。 暇になったので、指を命一杯に、目の前で広げた。 人差し指の爪を――伸ばしてみる。 鋭利な刃物のように長い爪は――やはり、どこか美しかった。 月明かりを受けて――僅かに、刀身が光る。 一本の刀である己を、象徴するように。 その昔。 実は真庭忍軍という集団を知っていた事に気がついたのは、弟が旅立って少しばかり時間が経ってからである。 それはある意味で当たり前なのだ、自分の父は大乱の英雄で――尾張に仕えていたのだから。 彼らと同じ――否、彼と同じ、尾張に。 その当時、自分は少女と言うより童女であり―― 彼は、青年と言うよりは少年だった。 彼の爪はまるで、刃物のように伸びていて。 黒ずんだ血が、こびりついていた。 それは――刀に似て。 ああほしいな、と思ったのだ。 自分が物をほしがる事は、特別な事でも何でもなかったのだけれど。 欲しい物はたくさんあったのだ。 手に入らないものや、手に入れてはいけないものまで、様々。 だから自分はその時―― ち ょ うだ い と 、 □ □ □ 「ちょうだい」 死んでいるかのような少女だった。 そのくせ、酷く存在感とでも言うのか、妙な圧力がある。 大きな目に光は無くただ、その病的に細く白い指を一本出して、ちょうだい、と言った。 「何をだ」 「ちょうだい」 ちょうだい、と少女はうわ言のように繰り返す。 ほしがるような物など見えないし、一体何を、と確かめるために近づいてみた。 少女は無言で、こちらの爪に手を伸ばす。 だから、慌てて止めた。 その爪は今は禍禍しいきらめきを見せている――刃物に成り下がっていたのだから。 「ちょうだい」 しかし少女は同じ言葉を繰り返す。 うかされたように、白い手を伸ばして。 「手か?」 たずねると、少女の動きはぴたりと止まった。 少女はこちらに光の無い目を向けると、首を振る。 「ならば――爪か?」 頷いた。 ああ、こんな物がほしいのか、と血のこびりついた爪を見つめる。 それは自分がしのびに成りたての――あるいは成りかけの、頃である。 |