胸に十字架君に接吻2.

「旅に出たい」
「……君も突然青臭いことを言うな」

布団に押し付けた顔が、冷たく、心地よい。
目を瞑ってその感触を堪能していると、一体何処に行きたいんだ、とそれでも聞いてくる声がする。

「こんな辛気臭え街じゃねえ所」
「辛気臭い、ねえ。一番辛気臭くしてるのは君ら吸血鬼じゃないのか」
「そりゃ、お前卵が先か鶏が先かみたいなもんだろ」
「街が先か鬼が先か?」

その言葉には答えず、ただ再び旅に出たい、とごちてみた。
ここではないどこかに行きたい、と青臭さ満点の台詞は飲み込む。

ここではないどこか。
こいつではない誰か。


「……殺しそうだ」
「ぼくをか?」
「近くに居る奴、ぜーんぶ」
「腹でも減ったかい」
「餓えてんだよ」


とりあえず飯。勝手な男だな、君は。
そんな会話と、ため息。立ち去っていく音。少しだけ上げた視界の端に写る、首筋。


ああ苦しいな、と少し思った。

噛み付きたい気がする。
噛み付かない気もする。
自分なら出来るという気もするし、自分しか出来ない気もする。

指を口に突っ込んで、噛締めてみた。
とがった刃はあっさりとはいかないまでも、自分の皮膚を切り裂いて――心地よい液体が、喉を潤す。
おおこれはある意味最強の自給自足では、と思ったものの、どこか物足りなくて虚しくなった。

「……食べる物、適当に持ってきたけど」

ぼくにしとく? と冗談にも聞こえない口調でさらりと言われる。


「お前の血からは死んだ魚の味がしそうだ。かはは」
「失礼な奴だな、君は。……吸血鬼の血はどんな味がするんだ」
「別に。普通の血の味だぜ」

適当に嘯いて、体を起こす。漸く視界にはっきり入った男が差し出した食べ物を口につっこんだ。


「それで収まるのか?」
「そりゃ収まるぜ。人間は食いたい寝たいヤりたいで三大欲求。俺らの場合はそれに吸いたいが追加されて四大欲求。そんな感じ」
「……適当だな。それになんだか嘘臭い」
「そりゃ、嘘だから。戯言って奴だろ?」
「どっちか言えば、傑作、だろ」
「じゃあ笑ってみろ」
「なら殺してみろよ」


けっさく。ざれごと。

そんな風に言い合ってから、再び布団に顔を埋める。
あの程度の飯ぐらいで、全吸血鬼を悩ます餓えが消える訳もなく。
さて今日はどのあたりでキュウケツキをやってやろうか、ととりとめもなく考えた。



人の血で満たした体には、どんな物が宿るのだろう。

空っぽかな、と気がついたらそれはとても傑作な気がして、ただ「かはは」といつもの笑いが口をついて出た。