胸に十字架君に接吻1.

「そうか。君が噂の吸血鬼だな」

その男は実に平然と、そう言い切った。瞳に映る底無しの虚無に、不本意ながら喰われそうになる。
鬼ごっこの鬼はどちらだ。間違いなく俺だろう。その証拠に、血を求めるように喉がなる。

「丁度良かった。じゃあ、殺してくれよ」
「すかした事言うなあ、お前」
「ぼくは別に生きていたい訳じゃないからね。死んでないから生きているだけ。君が血を吸ってくれるなら、これほど幸せな事もないさ」
「何故だ? 俺に一目惚れかい?」
「何を言ってるんだ君は。だって、そうだろう」

最後ぐらい人の役に立てて死ねたら幸せじゃないかと、男は言う。
まあ戯言なんだけどね、と続けながら。

何だか馬鹿らしくなって、渇きだとか餓えだとか、そんな物が消えてしまったので。


「お前、名前なんてえの?」
「まあ在り来たりな台詞だけど、こういう時は君から名乗るべきだろ」
「俺は零崎人識。で、お前は誰よ?」
「教えない」
「……てめえ」

襲うぞ、と言うと今正に襲ってきたところじゃないか、と言い返された。
一理あると思ったので笑うと、きょとんとした顔を返される。

「中々、笑顔の素敵な吸血鬼だな。噂と違う」
「へえ。噂ってどんなだ?」
「少女しか狙わないとか少女しか狙わないとか少女しか狙わないとかかな」
「かはは、笑顔関係ねえだろ。後それは確実に俺以外の奴の噂だから真に受けんな」
「そんなに沢山いるのか」
「そんなにいねえよ。ざっと、二十人ちょい」
「いるじゃないか」
「そうか?」
「物騒な世の中だな」

鬼にびびらねえお前の方が物騒だ、と思ったが何も言わなかった。

物騒というよりは――傑作。
ちぐはぐでつぎはぎなイメージ。

ああ、何というか。
言葉に出す必要も無いけれど――


「傑作だな」
「戯言だろ」
「なあ、俺の名前は零崎人識だ」
「さっき聞いたよ」
「お前は誰だ、そっくりさん」


「ぼくは」


ぼくの名前は、と。
特に何という事もなさそうに、自分の名前を続ける男。
しかし、きっとそれがそいつにとっての一種禁忌である事に、多分自分は気がついてい、た。


「ああ、そうだ零崎」
「何だいいーたん」
「ぼくの名前を聞いた奴は、死ぬ」
「歩く都市伝説かよお前は」


かはは。
それは多分、一見何でもないような、