人鳥はふと気がついた。
そこはいつも知っている、真庭の里ではなかった。
そして彼の姿も、いつものしのび装束では、なかった。





真庭の里のアリス








青い、足元の広がった――言うなら着物を一枚の布で作ったような服。
その上に、装飾のたくさんついた白い布。
その場に現代人がいたならば、それをエプロンドレスだと気がつくのにさほど時間はかからなかっただろう。




「は、へ? ……ぼ、ぼぼ、僕は」



俄かに慌てだす人鳥の目の前を、見知ったような知らないような人影が通り過ぎる。
黒のベスト。白いシャツ。腰には大きな懐中時計。
無論人鳥はその服の名前など知らなかったが、とりあえずそれが誰なのかはわかった。



「し、白鷺さま……!?」
「ん? 鳥人」
「そ、その格好は――」




言い終わる前に白鷺は逃げた。
脱兎の勢いで、逃げた。



「白鷺さまー!」



慌てててとてとと追いかける人鳥。
足にまとわりつく、なれない衣服によってこける人鳥。




「……う、うう」




泣きそうになった人鳥に、白鷺は足を止めた。
今が好機だと立ちあがった人鳥が一歩踏み出すと、白鷺も一歩逃げる。
拮抗状態だった。



「な、なな、何で逃げるんですか……?!」
「てしが気なうよいなけいといなげ逃、やい」



気だけで逃げないで欲しい。
切実にそう思う人鳥。




「そ、そんな事行ってる場合じゃ……! 何で、ここに、こんな変なか、格好で」
「なだうそやいうそ」



そこまで言うと、白鷺は戻ってきた。
ようやく安心して人鳥は溜息をつく。





「あ、あれ」


そこで再び首を傾げると、人鳥は白鷺の手を指差した。




「し、白鷺さま、手に何か……」
「ん? も前おかういて」




二人は互いの拳を見せ合う。
人鳥の拳には『ありす』、白鷺の拳には『白うさぎ』と、文字が浮き出ていた。





「どけだんな鷺白、前名の俺。しえねらい『う』」






そういう問題じゃない。


それを言うなら人鳥など一文字もあっていなかった。





「ほ、他の皆さんは、どうしてるんでしょう?」
「ないいが方たし探」



そうして、二人は歩き始めた。






* * *








もこもこした物体。
最初の印象はそれである。
続いての印象は、緑色。
ぷかぷかと、水煙管をふかしている。
そしてようやく最後に、

「螂蟷?」

固有名詞が出てきた。
別に鳥だけに鳥目なんだ! とかいう苦しい上に間違った言い訳をするつもりもなかったけれど、情報認識に時間が掛かった。





「ぬしらは誰だ?」






そして更に混乱の渦へ
蟷螂らしい、もこもこした物体は、平然と聞いた。


「へ、か、蟷螂さま? ……え、えと、人鳥だと、思います、けど……あれ、僕は人鳥ですよね?」
「ならかだ目駄ゃちっ疑こそ」






混乱の余り自分の存在すら疑い始める人鳥だった。
そして白鷺は新たな危惧を覚えているところである。









……このメンツだと、ツッコミが居ない。



もしかして自分がしないといけないのだろうか。恐らく悩むべきところではないところで、白鷺は悩んでいた。





「して――白鷺、人鳥。これはどういうことだ?」







名前知ってんじゃねえか。

そう思ったが白鷺は言わなかった。
行った瞬間、この場での自分の立ち居地が決定すると思ったからだ。






「あ、あれ? 蟷螂さま、わ、わわ、わかって、らしたんですか?」





お前は勇者か。
これも心に秘めるに留まる。




「いや、そうせねばならない気がしたのでな」
「う、うう。またですか……」




人鳥はふと、蟷螂の手に目をやった。
そこには矢張り、人鳥たちと同じように――『芋虫』と書いてあった。




ツッコミが欲しい。
人鳥もまた、そう思う。





「……とりあえず、ほ、他の皆さんを探しましょう」
「成賛。螂蟷かのるけ動、どけいいもでうど」



確かに、蟷螂のもこもこな格好は、酷く動き難そうである。





「ああ、大丈夫だ」




そういうと蟷螂は、ぽいっともこもこを投げ捨てた。





「ぬ、脱げたんですね……」





その下は、やはりそれも見たことのない格好だった。いや、もこもこより服っぽいけどね。
色は同じ緑色。所謂、燕尾服である。





「いや……少し恥ずかしかったものでな」




もこもこはいいのだろうか。
いやしかし、可愛らしく頬を染める蟷螂に何も言えるはずもなく。





「……蝶々さまか、川獺さまを探しましょう」






どもらずに人鳥が言い切った。
白鷺は大きく頷く。









ここは何処か。

重要な議題だろう。



何故ここにいるのか。

当然の疑問である。



どうやって帰るのか。

不可欠な問題だった。






だけど。
だけど、それ以前に。









――お客様の中にツッコミの方はおられませんか……!








* * *










そんなわけで、どんなわけで。
三人は小屋を発見した。



小屋の中からは、不穏当な、何かの割れるような音が聞こえている。
ぶっちゃけはいりたくなかった。
しかし、人鳥達は中に入らなければならない。
中から、聞きなれた叫び声、求め続けていた天使の声が聞こえたからだ。




「ちょ、待て鴛鴦! たんまたんま! 落ち着け誤解だ!」
「誤解も六回も七回もないわよ……この浮気者!」



扉を開けた瞬間、飛んできた白い皿が白鷺の頭部に直撃した。



「し、白鷺さま!」
「……なかいいてい泣うも俺」





中の構図。


新たに皿を持って投げんとしている鴛鴦(エプロン姿)
それを止めつつ自らの安全を必死に確保する蝶々(ドレス姿)






「なんでおれらだけカッコカッコトジで表すんだよ! 途中で面倒になったろ描写するの!」



「!……なよだれこ」
「も、もうなんだかゲームクリアですね」






勇者は幻の財宝、『つっこみ』を手に入れた。
世界の平和は守られた。
ありがとう勇者。ありがとうツッコミ!







「だから必要以上にツッコミどころ作んなぁあああ!」








しかし時代的に、自分の格好にはつっこめないため、非常に大事なつっこみどころを逃している蝶々だった。
なんでドレスなんだよ、みたいな。




「じゃ、なかった意味の分からない天の声につっこんでる場合じゃねえ! 落ち着け俺。ていうか落ち着け鴛鴦」
「うるさいのよ……あんた虚刀流のところの女の子口説いたらしいじゃない」
「んなことしてるわけねえだろ! だ、誰情報だよ!?」
「鑢七実」
「本人だった!」






第二段を投げようとする鴛鴦の元に、派遣される人鳥。






「お、鴛鴦さま……お、落ち着いてください。蝶々さまはそんなことしませんよ」
「人鳥……」




少し感動して人鳥を見る蝶々。




「だって蝶々さまはつっこみなんですから!」
「ごめん俺マジで泣いていい?」



「……人鳥がそういうなら、そうなのかしら」
「納得しちゃうんだ!」







* * *










五人まで集まったところで、作戦会議。
蝶々の手の甲には『公爵夫人』、鴛鴦の手の甲には『料理女』と書いてあった。







「……なんで夫人なんだ?」
「……浮気者」
「違う! 断じて違う!」





何故か標準装備されている皿を構えた鴛鴦を止める蝶々。
人鳥は『仲がいいなあ』と少しずれた感想を持ちながら二人を見ていた。







「なよえねゃじ当担理料は鳥鴛に別……か女理料」






ちなみに料理担当の手には『芋虫』と書いてあったり。
その辺の蝶々の壮絶なつっこみは、枚数の都合上削除。
とりあえずツッコミ史上に旋風を巻き起こす素晴らしいものだったとだけ言っておこう。







「というか。ありすって何なんだ?」






それだけ全然聞きなれない。
エプロンドレスの人鳥に集中する視線。






「え、えと…………」





それが恥ずかしかったのか、人鳥は頬を染めた。



「………………」





なんとなく黙り込む一同。動いたのは意外にも――










「か、蟷螂どの!」
「よだんてっや何!」










蟷螂だった。
人鳥は見事に蟷螂の腕の中に収まっている。





「いや……なんというか。見ていたら……こう」




腕の中で震えている人鳥の頭を撫でつつ、蟷螂は言葉を探していた。






「もやもや……ではないな――「きゃはきゃは、むらむらなんじゃね?」










聞き覚えのある高い声。見上げると蝙蝠が、木の枝に足を引っ掛けて立っている。
桃と紫の、大変目に悪そうな色合いの服だった。
ちなみに、右手にかかれた文字は『ちぇしゃ猫』。


蝙蝠は、音もなく下に降り立つと、蟷螂の手の中にいた人鳥を奪還した。
奪還して、そのまま自分が抱えあげる。




「可愛い可愛い。きゃはきゃは」
「こ、蝙蝠さま……」



「もしかして、頭領全員いるのか……?」
「ない高は性能可」
「あとは、蜜蜂、狂犬、川獺、喰鮫、海亀、鳳凰か」





先刻のは突発的な行動だったらしく、平然と蟷螂が言う。






「それじゃ人鳥君に決めてもらおうぜ」
「え、ええ? あのあのあの、僕は別に……」





蝙蝠は口が裂けんばかりに笑った。





「僕らのアリス、君が望むなら、ってな」
「だからパロディも大概にしろよ!」



「……蝙蝠、あんたなんか知ってんじゃないの?」
「え?」





鴛鴦に聞かれて、蝙蝠は僅かに狼狽したようだった。







「その態度は知ってんのね。いいなさい」
「いや、おれは昔、川獺が拾ってきた絵本そっくりだなと……」





皿を構えられて、不承不承語る蝙蝠。
その絵本、『不思議の国のアリス』のあらすじを語る。





「……じ、じゃあこ、これは夢なんですかね?」
「流れ的には人鳥の夢だな」
「え」




話を振られた人鳥。
そういえば、人鳥に振られた役どころはアリスである。





「ご、ごご……ごめんなさい! 今おきます!」





そう言って人鳥は自分の頬を叩いた。





「……痛い……」




涙目になる人鳥。






「夢ではないようだな」
「大丈夫か? 人鳥」
「う、うう……」
「どうするんだ? その話、とりあえずアリスの最初の目標は白兎を捕まえること何だよな?」



「………………」「………………」




黙り込む人鳥と白鷺。
アリスは既に白兎を捕まえていた。





「とりあえず皆を探さない?」
「なだうそ」
「きゃはきゃは。じゃあ人鳥が先頭で!」
「ええっ!」
「蝙蝠どの、今日やけに人鳥にくっつくな」
「いや、そうしないといけない気がして」
「やっぱり気なのかよ」




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