【真庭雪兎】 天狼が術をかけると――おじいさんの顔が、段々と恍惚とするのが、わかった。 心底幸せそうで――微笑みを浮かべている。 一体時折唇から発せられる言葉は、どうやら真庭の誰かの名前のようで。 「今に戻りたいですか」 天狼のその問いかけに、一際大きく笑んで――否、呵呵大笑して。 「戻りたいわけあるか!」 そう言っておじいさんは、事切れた。 幸せそうに、笑いながら。 幸せだったのだろうか。 幸せそうだったけれど、幸せだった? 年老いたその顔に――象徴のように彫られた皺。 ――真庭のおじいさん達と、変わら、ない。 当たり前なのかもしれないけれど――きっと里にいたって、全然違和感が無いのだろう。 遺体の傍で、硬直するかのように立っている天狼に声を掛ける。 「天狼、さん」 「雪兎様……少し言ってほしい言葉が」 「は……い?」 耳打ちされた。 自分は訝りながらも、言われた言葉を反芻する。 「天狼って……星座、じゃ……?」 沈黙があった。 これでは駄目だったのかと思い彼女の顔を覗き込めば、静かに泣いている。 「う、うう!? 天狼さん!?」 「いえ、これでいいんです。気にしないで下さい」 天狼はそう言って、声も上げずに泣いた。 つられて泣きそうなぐらい、切なげな涙だった。 思わず――天狼からではなく、遺体から目を離す。 何処となく気まずい気分になっていると、自分の足にもふもふとした感触があった。 見下ろすと、茶色の生き物が足に纏わりついている。 「さ、櫻くん?」 リス、だった。 それも野生ではない、見覚えがある――同僚の真庭栗鼠の愛玩動物だ。 覗き込んでくる天狼。 「栗鼠様の、ですか」 「そう……だと、思います」 自分の手のひらに納まった櫻は、何故か全力で尻尾を振っている。 犬はそうだけど、リスも何かあると尻尾をふるのだろうか――と思いながら見ていると、どうやら何かを結わえ付けられているらしい。 「紐、かな?」 「手繰っていけという、事でしょうか……?」 「そ、そうですよね、やっぱり」 罠の可能性も考慮したが、それならば櫻に何か変調が見られるはずだった。 よく脱走はするものの、基本的によくしつけられたリスなのである。 怪我をしている様子もないし。 櫻のやってきた方向から伸びている紐を、巻き取るようにしながらその方向へと進んだ。 天狼と肩を並べる形態は少しばかり緊張してしまったが。 ――結局、天狼さんに全部任せ、ちゃったな…… どうして自分はこうなのだろう、と思ってしまう。 しのびなのに――真庭のしのびなのに、何も役に立っていない。 しのびをやめた、あのおじいさんの方が――よっぽど、しのびらしかった。 「雪兎様」 「え?」 「まだ、任務は終わっていませんよ」 それに、悩むのは私の専売特許です、と『苦悩の天狼』はそう言った。 ああ、そうだ――まだ、終わってない。 この哀しい、先々代に始まった演舞は――まだ、終わっていない。 自分はうなずいて見せた。 天狼は笑ったようだった。 「もういっそひっぱっちゃえばいいんじゃねえのかいやぁはぁ!」 「そんな事したら山の中の木にclash and clashですよ! それにもうそろそろ――あ」 まず大きな声が聞こえて。 括りつけられた紐の先――仲間達二人と、否。 仲間二人と、更にもう一人と――再会した。 「oh! やっとmeet出来ましたね!」 「り、栗鼠くん、馴鹿くん……?」 それ何、と尋ねると、二人は照れたように笑った。 |