【真庭九尾】





風が血のにおいを払拭していく。
木々の繁茂する山中――真庭九尾は、うっすら微笑んだ。




「見つけましたえ――」
「あんた、何時見ても、変わらない」




それは、何十年かぶりの――邂逅だった。
年老いた彼は、無表情にそう言う。
何時だって無表情で無感動で――色恋にうつつを抜かす事など、彼だけはないと思っていたのに。





――やっぱり、子供はどう育つのか分からないものえすえ。





どう育ち――どう巣立つのか。
予想は出来ない。

だから愛おしいと、思う。



「奥方はどうしたんえす?」
「何年か前、死んだ」
「へえ――」
「その時僕も、死んだ」




そうえすか、と受けた。
その気持ちは、わからなくも、ない。




「真庭九尾。何十年も昔――僕を見逃してくれた真庭九尾。今度は見逃して、くれない?」
「だって――幸せやったえしょう」





その昔、彼が里を抜ける手助けをしたのは自分だ。
いや、自分だけでなく――昔の獣組のしのび達何人かで、画策した。
その頃のしのびたちは、殆ど生きていないけれど。




「惚れた相手と暮らせて、子も為せて、友達もいて――あんさん、十分、幸せやったでしょう」
「ああ。僕は、幸せだった。だから――」




今貴方に殺されても文句は言わない、と彼は言った。





「すみませんえ――今度は、今の子供達、幸せにする番えすの」
「いいと思う。幸せは平等ではないけれど、公平であるべきだ」



そこでふと視線を反らし、彼は言った。
その視線の先は、彼の住んでいた家の――ある所だった。
彼の子供達の死体が――放置されている場所。




「子供達は可哀相だった」
「殺されて哀しくないえすの?」
「それを貴方が、聞く?」



わかっているだろう、と聞かれた。
わかっていたから、もう何も言わなかった。



「僕は幼いわがままを――随分聞いてもらった。だから」


わがままはここまでだ、と。


「あんさん、わがまま――言わない子やったえすけどね」




だからこそ自分たちは、彼の願いを叶えたのだ。
彼の唯一の願い。
無欲な青年が呟いた、唯一つのわがまま。




「まあ、あんな劇的な大脱走の割に――仲睦まじくとはいかなかった。殺しあいそうな喧嘩もした。若気の至りでとんでもないことをしたと後悔もした。僕は根本的には人間が嫌いらしい」
「でも――それでも」
「ああ。幸せだった」



全てがうまく行ったわけではなかったけれど。
最終的には、幸せだった。




「培った幸せは、最期が滅茶苦茶だったからといって、崩れるものでもない」




彼の元に一歩近づく。
彼は逃げない――彼は怯まない。
ただ、死を受け入れるように、九尾の歩みを止めない。




「××――真庭××」
「もう真庭なんて呼べない。僕は真庭じゃない――貴方の子じゃない」




子殺しは嫌だろう、と言った彼は――今でも昔の青年のまま。

誰よりも優しく、誰よりも謙虚で、愛しい――自分の子。

真庭のしのび。




「好きえしたえ――真庭××。わたしの大事な子供」
「この年になって子供なんて呼ばれるとは、思わなかった」




老人はようやく微笑んだ。


辺りが僅か熱くなる事に、気がついたのだろうか。
頬を焦がし、舞い踊る炎を、魅せられたように見つめている。



瞼から零れた液体だけで、消せるような炎ではない。





「前から聞きたい事があった」
「何えす?」





結局貴方、男なんだ、女なんだ?



炎に呑まれる寸前にそう尋ねた彼に、自分は笑って答えなかった。

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