01.

鬱陶しげに首を振り、乱れた髪を元へと戻す。
ただそれだけの仕草なのだけれど、何故だかそれは妙に優美な風に、自分の瞳に映った。
きっとそれは間違いではないのだろう。

スーツ姿で、髪型も変えてある。
あの生意気で意味不明な零崎の申し子辺りに見られたら大爆笑されそうな格好の、俺を見て。
目の前の男は予想と反した、酷く悲しそうな瞳をこちらに向けた。眼鏡の奥の、赤い眼。
勿論、決して泣きはしないのだけれど。思えば昔からこいつは泣かなかった。
あれ程の、狂っても良い程の、そして常人ならば確実に狂っていたであろう環境の中から外へ出た時でさえ。
連れ出した軋識や他の零崎に泣きつくこともなく、始めて見るのであろう外の景色を恐れることもなく、
ただただ眼を輝かせて。



少年は楽しそうに、笑った。




嗚呼だから、だからこそなのだろう。彼の自分に向ける悲しそうな表情が、自分を責めているように見えるのは。
この罪悪感は、罪の自覚があるからこそ、なのだろう。


しかしこの男は決して俺を責めようとはしないのだった。彼には俺達しかいないというのに、決して。
それはとても心地よくあり、故に物悲しくもある、感覚で。





「お帰り、アス」
「ああ……ただいまだっちゃ、レン」
「夕飯は出来てるよ」
「どーもっちゃ」
「カレーだけど良かったかな?」
「……全然ちっとも良くないっちゃけど気持ちぐらいは貰っとくっちゃ。
 悪いけど俺にはリーサルウエポンと直接対決する自身はない……」
「最終兵器だなんてそんなに褒められると私としてもありがたいけどね」
「……時々俺とお前が本当に同じ人間なのか不思議でしょーがないっちゃ」
「同じ人間じゃないさ」



殺人鬼だろ、とふざけた風にそう言った。しかしそれも口調だけ。
自殺志願、二十人目の地獄と称される零崎双識とは思えぬほどに……自嘲気味な表情で、彼は呟くのだ。



「おかえり」
「ん……ただいま」

それは見ていられないぐらいに。

だから俺は、奴の伊達眼鏡を無造作に取って。

「………………」

乱暴に、口付けた。

それでも目の前の男は、視線に帯びる悲壮感を消そうとはしないのだ。
無意識なのだろうから、仕方がないと言えば仕方がないのだろうけれど。






* * *







翌朝。まだ奴が起きだす前に出て行こうとしていた俺の期待を裏切って。
既に零崎双識は起きていた。
朝食も用意されており、外で済ませようと思っていた俺には、ある意味嬉しい誤算だった。

あくまである意味で、なのだけれど。





「いってらっしゃい」





そう言ってから双識は、まだ何か言いたいことがあるという風に、押し黙る。
誤魔化すように、手を振りながらも。

「レン」
「なんだい?」
「言いたいことがあるなら、言え」


家族だろ、と諭すように彼にとってのアイデンティティを言えば、仕方なさそうに口を開く。





「アス」
「………………」
「帰って、来いよ?」



当然、なのに。
元々この部屋は俺が買っている部屋で、ここは俺の家で、そして家に帰ってくるのは必然であるのに。


どうしてこいつはそんなに、不安そうに俺を見るのだろう。


「当たり前だっちゃ」



式岸軋騎の格好で、零崎軋識のキャラ付けは我ながら滑稽だった。
これは昨日も思った。




だけれど、こんなに不安がる、こいつを見て。


完全に式岸軋騎になることなんて、出来なかったんだ。