弟は、笑顔を知らない。

笑顔という概念は知っている。笑えない――根源的に笑えないわけではない。いや、言い方によっては根源的に笑えないのかも知れなかったが、そんな物はどうでもいい。


弟は笑わない。
彼の笑みは、自然を壊すから。
彼が笑めば、不自然が生まれるから。
知っている弟は、笑わない。
だから弟は――自分が思い切り笑っていいという状況など、知らない。
それでいいのだと言う。
不便はないと、言う。



「――まーた首にしちゃってんのか? そんな駄目な奴だとは思わなかったが」
「あいつは元々場繋ぎで入れただけあるよ。最初から大した奴ではないと踏んでいたある」
「何で?」
「採用試験の時、突然斬りかかったら呆然としていたあるから」
「そりゃ呆然とするだろ……」

肩に手を回して、馴れ馴れしく主人に話しかけてくる料理人。
旧知といえば旧知なのだが、それにしたって立場と言う物がある。
最もフランスにとっては、そんな物はどうでもいい事なのかもしれなかったが。

ひっでえの、と苦笑しながらフランスは問う。


「で? 今度の奴はお前の眼鏡に適ったってわけなんだな、中国」
「というより――お前の紹介あるよ、フランス」
「ん? ああ、何だ、あいつ結局入れるのか。採用試験はしたのか?」
「勿論、例外はないあるよ――当然、突然斬りかかってみたある」
「そしたらどうだったんだよ」
「瞬時に斬り返してきやがったある」


軽く舌打ちをして、腕にあるその時の傷跡を撫でた。
しかしどうやら、自分は笑っているようである。
笑みを意識せずに済むというのは、幸せな事だ。


「……流石といえば流石?」
「まあ、それぐらいでないと務まらないあるよ。日本の護衛は――」


例え自分であろうと、仇なす者は殺せなければ。
相手を選ぶ護衛に、用はない。


「はは。兄馬鹿め」
「何とでも言うよろし。たった一人の肉親愛して何が悪いあるか」
「……ま。悪かないさ――と、噂すれば来たじゃねえか」




「おい中国! テメエ人呼んどいて待たせるってどういう事だよ!」




「我はちゃんと五分遅れていくつもりだったあるよ。それをこれに捕まったある」
「何で遅れるのも予定のうちなんだよ!」
「まあまあ、やっと就職先見つかったからいいじゃねえの。感謝しとけって、イギリス」
「というかお前ら雇い主に尽くす礼が無いあるね」
「雇い主以前に中国だからな……」
「む。どういう意味あるか!」



まあお前ら二人とも、とフランスは笑う。

「弟には振り回されるよな」


「振り回されているわけじゃないある」「弟なんざいねえよ」



珍しく意見が合いそうだと思ったのに、否定のポイントが違うのだった。
結局何処までも気が合わない、とだけ。


ただ、役には立つ。腕も認める。だから、雇う。
そういうのは、単純でいい。
所詮はビジネスだった。



「とりあえず――仕事の話をするあるよ」
「護衛、ねえ。まあ……ただの興味何だが、一つ聞いていいか?」


奇跡の子ってどういう事だ、とイギリスは聞いた。
それは少し、単純ではない話だった。

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