一.





「お久しぶりです、蟷螂さん」
「ああ。久しぶりだな、蜜蜂」




外で行うならば普通の会話だった。
ここでやるから妙な感じになる。



少年と男は、それなりに親しげだけれども互いの領分はわきまえた位置に座り、和やかに談笑を始めた。
不自然なのだけれど、彼らにとってはそれは当たり前のことだった。


月に一度、多くて二度、少年は蟷螂の元にやってくる。
しかし蟷螂が相手をしている大抵の淫猥な客とは、勝手が大分違っていて。






蜜蜂と蟷螂は、今や友人関係にも似たものを築いていた。
否――どちらかと言えば、兄弟関係か。



どちらにせよそんな関係が円満に作れるというのはこの中では随分と奇異なことであり。
だからそれなりに二人の話は有名だったりするのだが、彼らにそんなことは関係なかった。





蜜蜂は蟷螂が好きだったし。
蟷螂は蜜蜂が好きだった。





ただ、少しばかり――二人のその言葉には、齟齬があったのだけれど。
座る位置と同じく、当たり障りない信頼を互いに持っていた彼らがそれに気がつくのは――いや。




彼がそれに気がつくのは、彼らが知り合って随分と後のことになる。









* * *








外の町並み。歩いている人々。雑然とした、それでいて不快感のない音。
蜜蜂が語る外の話は、どれも蟷螂の知らない物ばかりだった。



親の顔も覚えていない、一番昔の記憶はこの店の中という蟷螂には、門を潜り抜けて出て行くだけで直ぐ傍にあるはずの世界は、ほとんどないのと同じだった。
箱庭のような、といえば聞こえはいいけれど。そんなもの実際には檻でしかない。
自分たちはさしずめ虜囚と言ったところか。




そこまで考えて、ふと笑う。
では一体何の罪を犯したというのだろうか、自分達は。



しかし音でしか聞いたことのないはずのその世界は、何故か鮮明に――瞼の裏に、再現される。


目を閉じた蟷螂を怪訝に思ったのか、蜜蜂は言葉を止めた。






「蟷螂さん? どうかしたんですか?」
「いや――そういう話をぬしから聞いていると、何処か」


懐かしい。





「既視感のようなものを感じるからな。わたしにもそう言うものを見ていた時代が――あったのかと」




きっと記憶に残らないほどの遥か昔に、そう言う経験をしていたのだろう。
自分にも、そんな生活があったのかもしれない。




それは蟷螂にとっては少しばかり愉快な思いつきで、しかし蜜蜂は僅かに顔を曇らせたようだった。
蟷螂の、はたから見れば不憫な境遇を思ったのかもしれない。


そんな顔をさせるのは不本意だったので、蟷螂は蜜蜂に話の先を促した。
蜜蜂は躊躇するような表情をしていたが、照れたように笑って続きを語り始める。





「それで、狂犬さんが――」




生まれてきた事が罪だったならば。
生きている事はきっと許しだ。





泰然として揺るがない毎日、それは世間で見れば哀れまれる類の物。








しかし蟷螂は、その世界を愛した。