「――で、哀川さん。これは何なんですか?」 と、そこでぼくは、読んでいた活字から目を上げた。 小説――一応便宜上小説と呼ぶしかない、文章。 何か、殺し屋が被害者で名探偵が第一発見者という恐ろしい小説だった。 哀川さんは心成しか不機嫌そうである。 なんだか不本意なことを、無理にやらされているようだ。 「見てわかんねーの。実名小説。後苗字で呼ぶな」 「実名小説って。哀か……潤さんが書いたんですか」 「書いたと思うか?」 「思いません。下手ですから」 「やけにはっきり言うな、お前」 「ええ、下手ですよ。特に、ぼくが理澄ちゃんに協力してしまうシーンが気に入りません」 「そりゃどうして」 「ぼくはこんな事しないからですよ。大体出夢君が灰皿で殴られて死ぬ訳ないですし、死んだ所でそれはどうせ暴力の世界……でしたっけ。そっちの世界の住人の仕業でしょう。だったらぼくに出来る事も、理澄ちゃんに出来る事もありませんよ。探偵役なんて、危険なだけですからね」 「そうか? ある意味一番安全だと思うぜ。連続殺人事件が起こっても、何故か探偵だけは死なねーだろ」 「それはあくまで探偵が事件の部外者で、中途参加をした場合でしょう。犯人の計画に殺すことが入っていないから殺されなかっただけですよ。それにぼくはこの間、探偵役が死亡する小説を読みました」 「ふうん……まあどうでもいいや」 哀川さんは、さんざぼくに語らせておいて、その一言だけで全てを収束させた。 流石である。 「それは問題なんだよ、いーたん」 「問題? この小説とも付かない文章がですか?」 「ああ、問題だ。解答される為だけに存在してる、問題だ」 「解答って――何を答えろと」 「そりゃ勿論、一応探偵小説の形態をとってんだから――フーダニットさ」 フーダニット。つまりは、「Who had done it ?」の略である。 最も初期に発展した推理小説の形式――所謂、犯人当て。 「……もしかしてこの話、続きがあるんですか?」 「ねえよ」 「ないって……これだけの情報から犯人なんて当てられませんよ」 「つっまんねー男だなあ。当てなくてもいいんだっての」 「ていうか哀川さんは何でこんな事をしてるんですか……?」 「クリスマスプレゼントだよ」 「プレゼントになってないじゃないですか」 「あたしが渡したら喜んで受け取るのが人間の心意気だろうが!」 叩かれた。 まあ、そうなんですけどね。 ぼくは改めて手元にある小説らしきものを見つめる。 何と言うか――ドラマならまだしも、小説にできるような内容とも思えない。 何より、出夢君が被害者なのが致命的である。 ……いや、その方面で考えれば、もしかしたら犯人も当てられるんだろうか? 出夢君がやられる相手なんて、そうそういないだろうし。 例えば――とぼくは目の前の人類最強に少しだけ目をやった。 そしてすぐ、頭を振る。 ……この人が灰皿で撲殺なんて使い古されたこと、するのかと。 「潤さん、当てられたら何かいいことあるんですか?」 「ん。ミニスカサンタのコスプレしてやるよ」「ヒントを下さい」 「……可愛い奴め、」と哀川さんは即答したぼくの頭をがしがしと撫でた。 「ヒント1:犯人は戯言シリーズ内の登場人物です」 「ヒントになってねえ!」 はっ。 ぼくとしたことががっついてしまった。 哀川さんはひらひらと手をふる。 「だってヒントとかねえもん。これは運試しだからな」 「運試しですか?」 「そ。クリスマスプレゼントだっつったろ。少し早い福みくじさ。適当に言って当たればそれでラッキー、当たんなくてもそれはそれ」 「ああ、だからこんなに小説適当何ですね……」 「そんなに適当か?」 「まあ、そうですよ。まだ一部部分しかないですけれど、これを最後まで読むとすれば凄い勇気がいるでしょうね。まるで小学校高学年レベルです。良いとこ中学生レベルですよ。一体誰が書いたんですか?」 「あたしだけど」 「げふっ」 「今時げふって呻く奴初めてみたぜ、いーたん」 「だ、だってじゅ、潤さん小説とか書くんですか!?」 「普通書かねーよ。書き方わかんなかったから、ネットで適当なサイト見て書き方パクった」 「適当なサイトって……」 「うん? 何だったかな。忘れちまった。何か甘辛だか蛮カラだか言うサイトだった気がする」 「何でそんな、書き方パクってまで小説書いたんですか……?」 「あたしが、やってみようと思ったからだ。他に理由がいるか?」 「いりません」 哀川潤に理屈はいらない。 理屈がいらないから哀川潤なのである。 にしても……ちょっと無理やりじゃないか? 「じゃあいーたん。期限はクリスマスイブまでな。解答、楽しみにしてるぜ」 哀川さんは片手を上げて、颯爽と去っていった。 やっぱり、物凄く格好良かった。 ミニスカサンタみたいなーとひたすらに思ってたけど。 * * * ここで――ぼくは、言わなければならないことがある。 これは、推理小説なんかじゃない。探偵小説でもない。 娯楽小説の癖に娯楽にもならない――そんな活字の集合体だ。 だから、どうか考えないで欲しい。 考えないで、思って欲しい。 被害者は匂宮出夢。 第一発見者は匂宮理澄。 容疑者は、戯言シリーズの登場人物全員。 繰り返そう。 考えないで欲しいのだ。 考えれば考えるほど、後になって頭に来るのだから。 だからどうか、考えないで思いついて欲しい。 所謂運試し。 クリスマスのプレゼント。 少し気の早い、福みくじ。 推理小説なんかじゃない。 だから推理はいらない。 探偵小説なんかじゃない。 だから名前も、いらない。 必要ないというだけで、勿論書いてくれたって構わないのだけれど――怒らせない自信はない。 これは娯楽なのだ――面白くないゲームなのだから。 与えられた物は小説ではなく問題で、返すべき物は解決ではなく解答なのである。 最後に――謝罪を。 ほんとにすみませんでした。 |