十全恋愛逃避行。1.
「ん……っ」 男の喉から濡れた声が漏れた。 くちゅ、と性器を弄るとその旅に漏れる吐息が艶っぽい。 ああ可愛い、と柄にもなくそんな事を思った。 口の中で直立しているそれを舌で舐り、吸っては反応を楽しむ。 体を落とせば心なんて手に入れるのは容易い、 なんてな。 そんなエロ本展開を本気で信じてる訳じゃない。かといってせめて体だけでもなんて思ってる訳でもない。 ただ愛したいだけ。伝えたいだけ。こんなに好きだって。 言葉を自由に操るこいつには、言葉では伝えられないだろうから、きっと。 「ぁ……ぅあ……っ……!」 床に必死にへばりつく様を見つめる俺の目は、多分冷め切っている。 こうして行為を重ねても、こいつは俺の名前何か呼ばないし俺に縋りつく事もない。 ただ喉の奥で噛み殺して、床に手のひらついて耐えて、それだけだ。 同意の上でだってのに、まるで無理矢理犯してるみたいで、それが少しだけ、なんというか、妙な気分だった。 絶頂寸前まで近づけて落とす。 口の中がべとべとなのはきっと唾液の所為だけじゃない。 繰り返し焦らされる度、男の顔が歪み、段々赤みを増していくのがわかる。 感情表現の乏しい男は――決して感情が乏しい訳じゃない――こうでもしないと顔が変わらないのだ。 別に変わらなくてもいいんだけど。 「いーたんー」 わざとらしく、甘ったるい声で呼んでみる。 それがこいつに羞恥を募らせるだろう事も計算の上で。 「ぐちょぐちょじゃん」 「っ……君、……っあ」 「かはは。自分の淫乱を俺の所為にすんなよ」 はやく、と唇が動いた。 「はやく? 何を?」 きょとん、とした顔でたずねてみる。 奴のそれを一層強く触ると、こらえきれない声が漏れた。 「ぜ……っろ……ぁあっ」 やっと呼んだな、名前。 少しだけ満足して、満たされた分だけ――また、欲しくなった。 「どうしてほしい?」 「っ……あ……!」 焦らすように、指が行ったりきたり。 素直によがるこいつが、心底、愛しい。 わかっている。 もう離れられない。 離れるくらいなら――失うくらいなら。 殺して解して並べて揃えて――晒してやんよ。 そう思った。 「なあ欠陥製品」 俺の事愛してる、とたずねると、その時だけ――理性のような物が見えた。 まるで鏡写しのように、今の俺と同じ、冷め切った目。 ああうぜえ。 「傑作だぜ」 まるで女みたいな、甲高い声があがった。 |