真庭の里の夏は暑い。
いや、真庭の里に限らず、どこだって――夏は暑いものだと相場が決まっている。
しかしまあ――それを凌げるか否かは、体質性格諸々に掛かってたりするのだが。



「……で、この暑い夏に何の用ですか?」



笑顔で、あくまで笑顔で、それでもどす黒いオーラを発しながら喰鮫が口を開く。どうやら魚組を代表しての発言らしかった。暑い、の部分に傍点がついてるイメージである。
ちなみに、他二人の魚組頭領は、もうほとんど瀕死の状況だったり。
魚組だけあって、暑さには滅法弱かったりすのだ。そして夏には機嫌が悪い。
この前もついうっかり蝙蝠が「きゃはきゃは、暑くって死に掛けるってお前ら河童かなんかなのかよ!」とか言って一人真夏の我慢大会をやらされたり、いつもの調子で川獺が「おーいじいさん大丈夫かー? 死に掛けてる……ってそりゃ元々か」とか言って海亀の刀の錆になりかけたりしていた。



機嫌が悪い。



変態ではあるものの、喰鮫は滅多に仲間に手をあげないし、海亀も同じくである。基本的には二人とも大人なのだ。人鳥にいたっては説明するまでもないだろう。それでも――機嫌の悪さというのは、標準の人格をも換えてしまうらしい。





「早く答えてください。大体馬鹿みたいに十二人も集まってると馬鹿みたいに暑いんですから、馬鹿みたいに長引かせずに早く開放していただきたいものです」
「いや――今年は例年にない猛暑なのでな。暑さで倒れる者も出ていることだし――暑さ対策を」
「……じゃあ僕は失礼します」




珍しく、というか。
初めてと言っていいぐらいだが――人鳥が人の言葉を遮った。
遮った上に、よろよろと立ち上がって出て行こうとする。




「あ、ちょ、人鳥くん?」
「どうせ夏でも頭の元気な蝙蝠さまや川獺さまや白鷺さまが、次から次へと子供だましの下らない提案をして終わるのが目に見えてますので退席しますね。僕達は割りと切羽詰ってますから」





人鳥が壊れた……!
頭領たちの間に共通の認識が芽生えた。恐るべし夏。
しかし子供にしか見えない男に、子供だましとかって言われると、普通に言われるより辛いよね。




人鳥に続くように、海亀と喰鮫も立ち上がった。



「ではわたしも失礼しましょう」
「わしも……悪いが……」


「ちょっと待ちなさいよ。喰鮫は別に平気そうじゃない。だったらつきあってきなさいよ」
「今発言したのは狂犬ですか……?」
「? そう、だけど」





確かに汗一つかいていない喰鮫は、いつもと変わらないように見えた。
しかし、何だか様子がおかしい。





「え、あたしあんたの目の前に――」
「目の前、ですか。目の前が真白な状況って、確かにあるんですね――この歳にして始めて知りました」





ふふ、と笑った途端。
喰鮫は倒れた。




「え、と」
「たらららっららーん! 勇者はモ「混乱したのは分かったから止めろ!」





状況を打開しようとしてかなり不味いことを口走りだす蝙蝠。
それを危ういところで寸止めした蝶々は、一番に喰鮫に駆け寄った。
意識を確かめようと触れた瞬間に手を離す。






「熱っ! ……もしかして汗かけない体質ってだけなのか!? 汗腺ねえのかあんたには!」
「………………」





沈黙する喰鮫。
少しだけ迷ってから、その肩に触れて揺らす蝶々。






「おーい。喰鮫どの? ちょ、っと待て返事しろただの屍かお前は!」
「……蝶々さん、それ地雷です。ていうか本当に……」






返事がない。
ただの屍のようだ。





「じゃねえよ誰だ今怪しいモノローグ入れた奴!」
「蝶々」
「ん? 蟷螂どの」
「モノローグも駄目じゃないのか」
「………………」





その通りだった。






「や、そんなことより早く冷たいところ連れていかねえと――海亀どの、手伝って……っていねえよあいつら!」








〜お互い友人だといっても、それを信じるのは愚か者。
この名ほど世間にありふれたものはなく、その実ほど天下にまれなものはない。 ラ・フォンテーヌ 〜







「格好良くまとめてんじゃねえよ!」








* * *











喰鮫をなるべく涼しい風通しのよいところに運んで、魚組を除く真庭の頭領達は再び集合した。






「暑さって怖いのな……」
「……きゃはきゃは、こんなの暑さに入んねえぜ」




心なしか笑顔の引きつっている蝙蝠。




「締め切った座敷に羽毛布団で包まれて放置されたときはマジで死ぬかと思った」
「怖いのは暑さじゃねえよ。人間だよ」




川獺がつかれきったように言った。




「にしても今年は倒れる者が幾らなんでも多いな……喰鮫までやられるとは」
「喰鮫どのは確実に汗腺がねえのが原因だと思うが……どんな体してんだあの人」
「仕方ないですよね……結局僕らだけで考えなきゃいけませんし」




一同が考え込む――前に。








「はいっ! 百物語!」







元気よく声をあげて蝙蝠が発言した。



「百物語? なんだそれ」
「よだんす消つ一を燭蝋にとごるすつ一話い怖、てて立本百燭蝋に夜」
「それで?」
「あんた物知らないわねえ蝶々。百本目消したら本物のお化けがでるとか、何とか」

「……肝試しじゃないんですね? てっきりそう言うかと思いました」
「きゃはきゃは、肝試しなんて子供だましだろ」




百物語は違うのだろうか。
半分ぐらいそう思ったが、詳細を知らないので何も言えなかった。




「それに肝試しは動き回るからやだって拒否られそうじゃねえか」
「なしいなれらげ逃」
「逃げるって――誰が」


「「「川獺が」」」




言われて――名指しされた川獺を見れば。
既に彼の顔は真っ青だったりして。




「ば、ちょ、んなわけねえだろ! ていうか白鷺お前わざわざ逆さ喋り解除してんじゃねえよ!」
「長隊すまれわ思とるいてしとうそ化魔誤」
「隊長誰だよ!」
「あーじゃあ蜜蜂で」
「話の流れ関係なしですか!?」


「……ぬしは幽霊の類が怖いのか?」




不思議そうに首を傾げる蟷螂。
ますます慌てる川獺。




「っそーんなわけないじゃないですか蟷螂さん何言ってるのやだなーもう」
「なんで敬語?」




怯える川獺を気にもとめず――否、ますます嬉しそうにしながら、蝙蝠は外に飛び出した。





「じゃあ提案してくるな!」
「あ、いやちょっと待って! お願い待ってっ!」
「お前におれみてえな男は似合わねえよ……幸せに生きるんだぜ」
「現在進行形でお前に不幸にされそうなんですけど!」






動き出した蝙蝠は、止まらない。





「誰だよちょっと零崎っぽく言ってる奴! ネタわかんなかったらどうする気なんだよ!」

「ま、まあ大丈夫ですよ川獺さん。お話だけなんですから」
「100話語ったら本当になるっていうけどね!」
「すいません、慰めと貶め交互にやんの止めて下さいマジで。なんかほら、ぜんざいに塩いれるのと逆な感じだから」
「あまり気に病まぬほうがいい、川獺」





蟷螂の言葉に顔を上げる川獺。






「かま……」
「慣れれば意外と可愛いものだ」







空寒い沈黙があった。








「………………何が?」









「ああ、この間――「やっぱいい言わないで! そう言う事は心に秘めといてくれる!」





口を開けかけた蟷螂を慌てて手で制する川獺。
そこに蝙蝠が帰還する。




「たっだいまー」
「ん? 早いな蝙蝠どの」
「だんたっだうど?」
「拒否られた」




項垂れていた川獺がぱっと顔を上げる。




「『熱帯夜・締め切った部屋・蝋燭百本――暑くないわけないと思いません?』だ、そうで」
「……つかぬ事を聞くけど、それ誰が言ったんだ……?」




蝙蝠は蝶々の肩に手を置いた。




「世の中には知らなくてもいいことがあるよなっ!」
「……そうだなっ!」




「じゃあ仕方ねえな。次の作戦考えねえと」





全然仕方無さそうに思っていない川獺が鼻歌交じりに言う。







「作戦、ねえ――今年は水不足だしなあ」
「雪でも降らないかしらねえ」
「や、無理だろ」
「ていうか鳥組もなんか案だせよ――さっきから黙って……ん?」






蝙蝠が言いかけて鳥組を見ると、三人はさかんに何か話し合っている。





「どうかしたのか?」
「案提つ一」





川獺が手を挙げる。




「ぜうこ行で戦作大鳥り渡」
「渡り鳥大作戦?」








* * *










「ん――」



真庭喰鮫が目覚めたとき、視界は真白だった。
自分は死んでしまったのか。そう思った。





「ふふ――天下の真庭喰鮫が暑さにやられるとは。おかしいですね――おかしいですね、おかしいですね、おかしいですね」





あのうだるような暑さは既にない。ひんやりと心地よい冷気が、自分を包んでいた。
耳を澄ませば笑い声が聞こえてくる――こんな場所なら、死んでるのも悪くはないだろう。




そう思ったとき。




「行くぜー蝙蝠」
「きゃはきゃは、いつでも来いよ」




蝙蝠?
聞きなれた名詞に喰鮫が顔を上げて――



白くて固い塊が、顔面に命中した。
そのままよろけながらも、立ち上がる喰鮫。




「……?」





そこで完成にも似た声が上がる。





「喰鮫が立った!」
「……ここアルプスじゃねえぞ?」

「口笛は何で遠くまで聞こえるんだろうな」
「教えておじいさん?」
「誰がじいさんか!」
「えと、川獺さま……蝶々さまがいないから、つっこんでくれないと困るんですけど……」







視界にようやく――見慣れた姿が見えた。





「ここは……」
「蝦夷の踊山ですよ、喰鮫さん」





後ろを見れば蜜蜂が立っている。






「蝶々さんが運んできたのだ。後で礼を行っておくのだぞ」
「はあ」





ちなみに喰鮫を誰が運ぶかと言う問題には、





『ちょ、別に俺が一人で運ぶ必要ないよな? 喰鮫どのぐらいだったら皆運べるだろ!? 交代で――』





という主張をする蝶々を、皆で宥め透かし褒め脅して、結局最後に最終兵器鴛鴦を使って承諾させた。
蝦夷という遠い距離を運んできた蝶々は、既に疲労で倒れている。疲労困憊というか、疲労昏倒みたいな。






「この涼しさはだからですか――ふふ。いいですねえ」


「渡り鳥大作戦だそうで。鳥組の皆さんが考えてくださったんですよ」
「などけだんたていつい思、らか初最あま」
「なら早く言えばよかったじゃねえかよ」
「作戦名を考えるのに時間が掛かったのだ」
「あ、あれそんな事話し合ってたの」






少しだけ不満そうに、川獺が言う。






「マジで早く言えよな――」
「百物語に決まったらどうしようかと思った?」
「うんうん。本気で焦って――ってんなわけあるか!」
「そうだぞ蝙蝠――あまりからかうな」




蟷螂がなんでもないことのように言う。




「川獺はその類と仲が良いのだぞ」
「……え?」





遠慮がちに「……初耳……なんですが……?」という川獺。
真顔で蟷螂は続けた。






「以前から何故ぬしは常に肩に何か乗せているのか気になってはいたのだ。先程蝶々に聞いたのだが、それは化け「ごめんそれから先禁句!」






蝙蝠と白鷺は腹を抱えて笑っている。








「……っ……蟷螂最高っ」
「……白面!」




その時、遠くから幼い子供の声が聞こえる。






「準備できたですよー!」





「……あれは?」
「あたしの友達よん。今行くわー!」





それから結局、踊山に――真庭忍軍総出で、夏が終わるまで逗留したそうである。









<後日談>



「すみませんね、ずっとお世話になっちゃって」
「別にいいですよー。うちっち、どうせ一人だし……持ってきてもらったスイカ、おいしかったですし」
「しかし食事量も馬鹿にならぬからな」
「あ! こなゆき! 今日の獲物とってきたわよん」
「おおっ! 大物ですね!」
「……狂犬なんか生き生きしてねえか?」
「…………あー死ぬ」
「どうしたんですか蝙蝠さん?」
「皆とカキ氷大食い大会やってたんだよ。途中で『なんで俺らこんなことやってんだろう?』とかいう邪念に負けずに」
「たぶんそれ邪念じゃなくて良識が言ったんだと思うぜ」
「マジ寒い。なんであいつらあんな元気なんだ?」
「蝙蝠からそんな台詞が出るとは思わなかったわね。で、他の皆は? まだ続行中?」
「あ、いや川獺が一番に駄目だったから、皆で埋めてる」
「………………」
「……蝙蝠どの、踊山でそんなことしたら、たぶん死ぬ」





Where to summer?