俺は愕然としていた。

そう、驚いてただけで、断じてビビってた訳じゃない。
目の前の男――小柄で、肩まである金髪の――は、眉根に皺を寄せている。

そんなに怖い顔すんならやるなよ。
人に剣の切っ先とか――向けんな。

何度でもいう。

心のうちにだけとどめていたのは、怖かったからじゃなく、愕然としていたからだ。


「なんだってんだ――ちくしょーめ……」
「――もうすぐ、ゲームが始まるのである」
とある男の企てが、とその男は言う。

「陣営は二つ。そのうちのこちら側に――お前には入ってもらうのである」

ゲーム?
なんだ、それ。

「わけ――わかんねえよ」
「道中説明する」
「っついてくとでも――」
「奴が我輩に命令した以上」

お前を仲間に入れるのは決定事項である。
淡々としたその様子に、迷いは無い。


「わっけ……わかん……っ」

切っ先がまた近づいてきて、肌に当てられる。
ちくり、とした痛み。
これがこのまま進めば、自分の肉を断つだろう事は容易に予想できた。


「……ちくしょーめ……」
「――フェアではないから先に行っておくのである」
「何が」

この状況そのものがフェアじゃねーよ。
ぼやきたいのを押さえ、ただ男を睨み付ける。

「こちらの陣営に入るという事は――お前の弟と敵対する事に、なるのである」
「っ」


体が――弛緩した。

弟。
イタリア。
ヴェネチアーノ。


「……これ、どけろ」
「それは――どういう意味であるか」
「決まってんだろ、ちくしょーめ」

お前の仲間に入ってやるって事だ。
そういうと男は、眉を顰めた。


「……お前がどんな意図でんなことしてんのかはしらねー。でもな、聞け、チビ野郎」

俺は弟なんて大嫌いだ、と高らかに、宣言する。


「――兄弟にも色々いるものである」
一瞬だけ漏れたそれは唯一の男の本音のようでもあり。
しかしそれをもらした事を恥じるかのように、男は首を振って、切っ先を収める。


「では、行くぞ。ロマーノ」
「わかったっつーの」

弟なんて大嫌い。
だって好きな物は、皆消えてしまうから。

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