いつだって面倒くさそうで、生きる事も面倒くさそうで、だけど生きない事も面倒だから仕方なく行きてるような、そんな奴。それが現真庭蝙蝠が、師匠兼先代の真庭蝙蝠に抱いていた印象だった。



「必要以上に僕に寄るな。散れ」
「必要じゃん。師弟のふれあい? みたいな」
「いらねえよ。お前と触れ合って僕は何が楽しいんだ」
「たぶんそのうち快感になるぜ」「ならねえよ」



何時だって即答して相手を切る。
別に件のお姫様でもあるまいに、否定して否定して、否定しまくった。
行き着ききった人嫌い。



「僕はお前が嫌いだ」
「あー可愛い弟子に何言ってんだこの人。大体あんた、おれっつーより皆嫌いじゃん」
「珍しくよく分かってるじゃないか。よし褒めてやるこっちに来い」
「お、マジで」




殴られた。




「……ってぇ! んだその不意討ち!」
「別に嘘は言っていない。僕は川獺とは違うからな――これが僕の愛情表現だ」
「マジで!? どんだけなんだよこの根暗!」
「根暗だが何か」
「開き直りやがったっ」



それでも何故か、嫌いになれない人間。
単にからかうのが面白かっただけなのかもしれないけど。



「よ、蝙蝠」
「……××。お前何してんだ」
「げ、ばれた」
「ばれないでか。僕の目を騙そう何ざ百万年早い」
「百万年立ったら騙せんのかよ」
「百万年生きてから言えよ」






















そんな彼が戦線を離脱したのは、自分がようやくしのびとしてなってきた頃の事である。
























「きゃはきゃは、天下の真庭蝙蝠が風邪ー?」
「うっせえ。お前といると治るもんも治らねえよ。消えろ」
「そう言うなっての。ほら、風邪の師匠に贈り物。好きな奴になってやるから言ってみろ」
「お前僕に喧嘩売ってんのか。ならいい買ってやる。その辺に這ってる草花になれ」
「っ無理無理。無理だからっ!」
「修行不足だ。こんなとこきてる暇あったら修行しろ」
「たぶん修行しても植物無理だろ。それ、既に変化の術じゃん」




風邪を引いても毒舌は相変わらず。
彼の変化に気付くには、自分は幼すぎたというのは――余りにも身勝手な、言い分だろうか。



「だから来んなっつてんだろうがこの馬鹿」
「いってえ! ……あ、でも布団ごしなのは微妙な優しさ?」
「お前に触ると馬鹿が感染る」
「嫌われの方かよ」





布団から上半身だけあげて。
しのび装束ではない、普通の着物に身を包んで。
それでも真庭蝙蝠は、気丈だった。
まるで、本当の風邪のように。






騙していた。騙された。
怒りは不思議と浮かんでこない。







「お前も懲りないな。さては被虐体質か」
「少しはその気がねえとあんたの傍になんかいられねーっつーの」
「いなくていい」
「きゃはきゃは、言ってろ」












その日、彼の床の、襖を開けた。













彼は酷く嫌そうな顔をした。




「開けんな。風冷てえ光眩しい。鬱陶しい上にうざったい」
「何でそんなノリノリなんだよ。ほら、見ろ」








意地を張るように、襖の外から目を反らし続けた彼の顔を、無理やりに向けて。
わざわざ畑から植え替えた、元気のいい向日葵を見せた。
一面の黄色。
夏の色――










人間嫌いな彼への、せめてもの餞。











「………………」












彼は。


それを酷く眩しそうに見つめてから――





瞳を伏せた。








「……蝙蝠? 蝙蝠さーん。あれ、もしかして泣いちゃってる?」
「うるせえ。寄んな見んな」





なんだかそんな風な男の様子を見るのは、こちらの方が後ろめたいような恥ずかしいような気持ちになってくるものだから。
自らが植え替えた、彼のための夏の花に目を向ける。







「きゃはきゃは。 綺麗だろ」
「……ああ。綺麗だ」





結局――












それがあいつがおれに与えた、唯一の肯定の言葉だった。








* * *











今日もまた、彼の元に行く。
毎度毎度見破られてきた忍法骨肉細工――随分と完成度もあがってきた事だし、彼に見せてやろうかと。
別に、いつもの通り見破られると思ってた。







「蝙蝠――」
「……鴛鴦か?」






少しだけ、躊躇する。
初めて、ばれなかった。






だから、すぐにタネを明かして――思いっきり笑ってやろうと、思ったのに。










「そろそろやばい。××を頼む」










「――え?」








間の抜けた声が、自分の声ではない高い声が、自分の口から漏れる。
それがおかしかったのか、目の前の男は呆れたように言った。








「間抜けた声出してんな。お前とっくに知ってただろうが――変な気使って、僕にだけ黙っときやがって。自分の体の事も分からない真庭蝙蝠だと思うなよ。言えないなら自分から言ってやる……僕の身体は、駄目だ」







淡々と、おかしいぐらいに淡々と、言葉を紡ぐ男。







「次の真庭蝙蝠に、僕は××を推す。あいつの忍法もようやく様になってきたし」
「ちょ、ちょっと」











待って。
待ってくれ。
時間の永劫の停止を、純粋に望んだ。



眉根に目を顰めてから、彼は激しく咳きこむ。
その先にはまるで花が開いたような、真っ赤な血の痕があった。







「あ、あ――」
「あーあ。最悪な人生だった」







瞳を閉じる、彼。
途端均衡を崩す、体。
ぽん、という軽い落下音。
手足の動かない、自分。





早く。
早く誰かを――


















「真庭蝙蝠――現時刻を持って、病死と認定」















女の声が、聞こえる。
先程から、自分の口から漏れている声と――全く同じ声。








「貴方××ですわね――?」
「ちょっと、待て、よ――」



頼むから。






「まだ、死んだかなんて」





言い訳を、させてくれ。
そんなおれを認めないというように。




沈んだ視界に、幾つもの、赤い石の欠片が散る。









「臙脂水晶が――割れましたわ」
「それが――」










この男の死は。
そんな石の塊程度で決定されるほど、軽い物なのか――










「××、おいでなさい」
「いや、」
「結核が感染した可能性がありますわ――」








けっかく。
結核?








「感染る病です――もし貴方が彼に触ったり近寄ったりしていたら、その可能性は高いですのよ」
「触ったり、近寄ったり、って――」







そんな事はしていない。
そんな事はできなかった。



床についてからは一層、彼は自分との接触を拒んだのだから。













「あーあ」








何が人間嫌いなのだろう。
ただの自分嫌いだ、あんたは。







自分が嫌いすぎて、自分と関わりを持つことを――他人の不幸だと拒み続けて。
自分といることを誰かが幸せに思っていたなんて、知りもしなかったに違いない。









女の声が何かを言う。
だけどおれの耳には、

020 聞 こ え な い よ 、 ま だ な に も