君と世界と物語、ついでに自分。 恐らく自分は何処までも、この世界と言う物語に組み込まれた、ノイズのような物だと思った。 いや、その判断は必ずしも正しくない。 物語ならば、自分は確かに文字列として存在していて、決してイレギュラーではないはずだから。 ただ。 ただ、だ。 世間では自分の存在はない事になっていて、自分の存在を証明してくれるのは、顔を突き合わせている人間だけだったりする。 それはある意味当たり前だけれど、自分にとっては酷く意味を持つ事柄なのだった。 「はぁ」「はー」 隣に座る人間と溜息が被ってしまった。 ふとその音のする方を見れば、相手もこちらを見ている。 嗚呼、今このとき、この男だけは俺を俺だと証明してくれるのだと思うと、いつもの嫌な笑みが浮かんできた。 すると男はそれを照れ笑いだと受け取ったのか、同じように少しだけ頬を緩ませた。 メガネをしている。狐さんの、好きそうなメガネだった。 「なんていうかよ」 相手が語りだす。男男と表現してきたものの、実際は少年と言ったほうがいいだろう。かなりの童顔だ。ただ、目付きは悪い。 「お互い、大変そうで」 「まあナ。あんたは、何が?」 「横暴な主人の手伝いしてて、妙にキャラの濃いメンツの相手に四苦八苦。・・・・・・お前は?」 抽象的な物言いだった。だけれど、同情――正しい意味で同情したくなる、物言いだった。 「似たようナもんダ」 横暴な主人。キャラの濃いメンツ。 全くその通り。 四苦八苦――生老病死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦。 これほどの言い得て妙も、中々無い。 生まれる事も生きる事もとかく苦しい。嫌な奴とも会わねばならないし、欲しい物は中々手に入らない。 八苦のうち四つまで制覇している。どうしようもない、死にたい気分だった。 そう言うと、目の前の男はまた笑った。 「全くだっての。ったく、妙なのについたよなあ」 「ああ。でもまあ、」 「「悪かない」」 遠くから、知らない女の声がした。 どうやら男は知り合いらしく、腰を上げると返事をした。 最後の最後で、俺の方をふと振り向く。 「お前、この辺の人?」 「そうダ」 「なら良かったぜ」 「何が?」 「俺はこの辺の人間じゃないからよ。もう会う事もない」 それは随分な物言いだったけれど、なんとなく分かるような気がした。 きっとこの男と俺の物語は、遠いところでは繋がっていても、直接的に繋がりはしない種類のものなのだ。 ・・・・・・それこそ正に、イレギュラーで。 「ああ、とりあえずアンタが極度のツンデレだってことはわかっタ」 「な、なんだよ! べ、べつにそんなんじゃないんだから・・・・・・ってアホか!」 「・・・・・・いいツッコミだナ」 十三階段に一人欲しいところだった。あそこはボケ指数が高すぎる。 黙っていると、男はこちらに顔も向けず去っていってしまった。 遠くの女の隣に並んで、歩き出す。 これで、俺の証明をしてくれる人間はいなくなった。 もう一度溜息をつくと、ベンチにだらしなく座りなおす。 なんだか、怠惰な気分だった。 目を瞑って、ヘッドフォンを装着。そういえば音楽は流しっぱなしで、すぐに音が飛び込んでくる。 音に囲まれていれば、自分と言う雑音を意識する事もないのだ。 「なーにしてるのっ!」 「・・・・・・あんたカ」 「何よっ私じゃいけないのっ!」 赤いめがねにセーラー服。十二代目、古槍頭巾。 こいつの、古槍頭巾以前の名前は教えられていなかった。 だから原則的にはこいつには記号としての記号しかないわけで、だのにこいつはそれを誇りに思っている節がある。 その神経は、いまいち分からない。 「折角出てきてあげたのにーっ! つまんないじゃん!」 元気な女だった。 自分に対してよく世話を焼いてくる、お節介な女。 原則的にはどちらが年上なのか分からないのだけれど、年上ぶる女。 きっとこいつほど月並みで、こいつほど普通な人間は滅多に居ないに違いない。 自分はそれを褒めたつもりで言ったのだけれど、女は頬膨らませて俺の頭を叩いた。 ついでに叩き落とすように、ヘッドフォンの装着が取れる。 ああ、自分というノイズが浮き彫り、に 「ノイズ君っ行くよー」 一体何処に行くというのか。そもそも何故女は俺が此処にいると分かったのだろう。 ただの偶然か――否。物語、か。 ならば先程の男は、俺にとってこの女のジェイルオルタナティブだったのかも知れない。 少なくとも、俺の存在を証明する他人と言う点において。 「ノイズ君ってばっ」 緩慢な動作で立ち上がると、怒ったように女は俺の腕を掴んで歩き出した。 アンド、グンキ、ハリア、19号。 その中じゃノイズが、一番いいのかも知れないと。 引っ張られるようにして、女の隣を歩きつつ、そう思った。 |