「なあ、大将」 「なんだっちゃ、人識」 「兄貴、死んだな」 「ああ……死んだっちゃ」 零崎人識と零崎軋識は、背を向けたまま会話をしていた。 互いの表情が見えないよう、頑なに顔を付き合わせずに。 だから軋識には知るよしもなかったのだけれど、その時の人識は、全く笑っていなかった。 真剣そのものの、無表情。 「俺の所為、だよな」 「………………人識」 「俺の所為――なんだよな。」 「お前の所為じゃ、ねーっちゃよ」 断定するように、強い口調で言う軋識。その表情は麦わら帽子で見えない。 人識は言葉だけ、言葉だけで笑って見せた。 「かはは……傑作だぜ。なら一体誰の所為だってんだ?」 「……そんなの、誰の所為でも「んな御託はいいんだよ!」 突然の激昂だった。しかし、それでも彼は動かない。――動じない。 「誰の所為でもねえだと? なら何であのバカ兄貴がここにいねえんだよ! んなキレイゴトやら戯言やらは聞きあきた! あいつが死んだのは俺の所為だったんだ俺が悪かったんだ、あいつの死に使われた《悪》は俺だったんだよ!」 それに苛立つように、人識は軋識に掴みかかった。 勢いで麦わら帽子が地に落ちて、そこで始めて視線が合う。 軋識の目には――何の感情も浮かんでいない。 ゆっくりと、かみ締めるように口を開く。 「人の死には悪が必然であるなんて、そんな仮説……俺はこれっぽちも信じてないっちゃ」 「っ」 「おめーも、そうだろ?」 「俺は」 「人の死にあるのは、死だけだっちゃ」 落ちた帽子を被りなおす。 そして人識の頭に手を置いた。 それは昔、零崎双識がしていたような――優しい仕草だった。 それでもやはり、慣れないようで。 ぎこちなく、頭を撫でる。 「おめーは頑張ったっちゃ」 「………………」 「舞織の手前、取り乱せなかったんっちゃろ?」 「………………舞織は」 「うん?」 「あいつが死んだのは、自分の所為だって言いやがった」 「………………」 「俺はさっきの大将みたく、お前の所為じゃないって、あいつに言った」 「………………」 「だが、それは――俺が知っていたからだ。俺が一番悪い事を、知っていたから。だけど……大将は違うだろ」 「………………」 「大将は明らかに、どこも悪くないだろーが!」 軋識は、呆れたように肩を竦める。 「俺にだって非はあるっちゃ」 「…………嘘つけよ」 「嘘じゃない。俺はレンがおめーを探しに出て行ったとき、そのまま見送ったっちゃ」 「…………それが何だってんだ」 「俺があの時、レンを止めていたら。そうじゃなくても、一緒についていってたら」 「………………」 「他にもあるっちゃ。舞織の存在と、零崎に仇成す者の存在に気づいた時……こっちに連絡してくるぐらい、俺が信用されてれば」 「そんな下らねー……こじ付けじゃねえか」 「そうっちゃか? だけど」 「………………」 「俺から見たらお前らのそれも、大して変わらんねーっちゃ」 ぽんぽん、と二回頭を叩いて、呟く。 「家族の死なんて重いもん、おめーらが背負うにはまだまだ早いっちゃ」 「…………だけど」 「だから、人識」 口の端を、吊り上げる。それは随分とまあ――自然な微笑だった。 「お前らが大人になるまで、俺が預かっといてやるっちゃよ。ちゃんと……」 大人になったら、取りに来い。 「それじゃ、俺はそろそろ行くっちゃよ」 「大将、あんたさ」 「ん?」 「何時からそんなに格好良くなったんだ?」 「……おめーから褒められると何か気色悪いっちゃ」 「そう言うなって……珍しく素直に褒めてやってんだからよ」 人識は、笑う。それは随分とまあ――無理のある笑い方だった。 「泣く程辛い癖に、俺らの事を責めもせずに励ますなんてかなり格好いいっての」 「別に泣く程辛くはないっちゃけど。お前らと違って――」 俺には他につるむ相手がいるし、家族の死なんて見慣れてる。 一見冷たいその台詞を、人識は笑い飛ばして。 「嘘吐け」 「嘘じゃ、ねーっちゃ」 ぽつん、と。 麦藁帽子の間から、雨が零れた。 |