櫃内様刻と病院坂黒猫。






「やあやあ様刻君、暗い顔してどうしたんだい。今日は楽しい楽しいバレンタインじゃないか、今日と言う日をお菓子会社の陰謀だなんていう人間は多いけれど、始まりがどうあれイベントは楽しむのが日本人の心意気だろう? それを言うならクリスマスだってイエスさんの誕生日だしね。バレンタインを中止しようとするならクリスマスだって中止にすべきだ。そうは思わないかな?」
「ああ、お前のいつもどおりの饒舌で調子が戻りそうだよ、病院坂」
「それはよかったよかった光栄至極。ところで何の用なんだい、様刻君。妹さんのご機嫌をとりつつ彼女からのチョコレートを受け取らなければならないという使命を背負った櫃内様刻君」
「もうわかってるんじゃないか、来た理由……なあ病院坂、知恵を貸してくれ」
「知恵も何も、こっそり食べて処分すればいいだけじゃないか、様刻君らしくもない。この程度の問題、君なら楽勝だと思っているんだがね、僕は」
「夜月が他の人間からチョコを貰ってくるなって張ってるんだよ……調べられるぜ、絶対。それに、夜月になるべく嘘は吐きたくない」
「ふむ。まあもてる男はつらいな、などという安易なからかいの言葉はここでは遠慮しておくとしよう。折角様刻君がこの僕を頼ってきてくれたことだしね。うん、そうだな様刻君。チョコレートを貰った次の授業で、腹痛でも起こしてここに来たまえ。僕がどうにかしてあげよう。ベッドは何時でも空いている、歓迎するよ」
「我が城って感じだな……」



ここでの選択肢。

1.断る。
2.受ける。


2を選んだのが、朝休みの話である。




「おお、本当に来るとは思わなかったよ様刻君」
「そういう話をふったのはお前だろうが……」
「では早速だが、琴原さんからのチョコレートを見せてくれ」
「本当に早速だな」



そういいながらも、持って来ていたチョコレートを差し出す。琴原らしい、簡素だけれど愛らしい袋。
病院坂は鼻歌交じりでそれを受け取り、断りも無く紐を解いた。



「おい、病院坂……どうするつもりだ?」
「うん? こうするつもりだが?」



病院坂は、迷い無くチョコレートを口に入れた。




「!? び、病院坂! 何してるんだ、お前!」
「少し寄りたまえ、様刻君」



口に物を入れているからなのか、何時に無く短い言葉で僕を招く病院坂。
混乱したまま近づく。一体これでどうするのだ。





キスされた。







おいおいおいおいちょっと待てよ病院坂おいそんな楽しそうに勝ち誇るな笑うな舌入れるな! やけに甘いんだがどういうことだ、ああそうかチョコレートか、いや、何がどうした!





「わかりやすい顔をしているねえ。おっと怒らないでくれよ、愛しの琴原さんのチョコレートを食べたことは。そもそもこういうのは気持ちが大事なのだからね。渡してもらうという単純なプロセスに、バレンタインの全ては収束すると言ってもいい」
「病院坂……説明を求む」
「これで一気に解決じゃないか、いいかい様刻君」




病院坂は、指を一本堂々と伸ばした。




「これで君は琴原さんからのチョコレートを味わえた。だが、食べていないから妹さんには嘘を吐くことはない。そして」




にやり、と笑ってみせるくろね子さん。






「僕からもチョコレートを受け取った事になるわけだ。キスのおまけつきさ。よかったね、様刻君」
「……そうだな」





お前は、何処まで知ってるんだろうな。
ここに今日来たもう一つの理由とか、さ。
本当は少し期待してたとか、一言も言ってない、だろうに。