供犠創貴と水倉りすか。







「……どうするかな」




毎年の事ながら、この対処には困らされる。少女漫画によく、大量に貰ったチョコレートを教室に捨て、尚且つそれを目撃されるという愚の骨頂のようなヒーローが出てくるが、そいつに倣うつもりはない。僕はクラスではそれなりに面倒見の良い優等生という役割を演じているので、その評判を下げるような行為は極力避けたいところだった。去年の担任教師は厳格な人間で、この手のチョコレート受け渡しは一切禁止だったのだが、今年は黙認状態なので、必然、僕は大量のチョコレートの対処に困らされているというわけだった。
両手に抱えていては、何かあった時に対処できないし、何よりもらえなかった人間に嫌味に移ってしまう。嫉妬羨望は人間を罪に走らせる要因と言うし、さて、どうしたものか。ランドセルの中に収納する方法。教科書やらノートやらを教室に放置する、所謂オキベンをするというのも手である。だが、一応なりとも違反行為である以上、その手の短絡的な解決方法に頼るのはいただけない。




「うわあ。いいわねえいいわねえ。タカ君ったらモテモテじゃない」




そんな事をいいながら僕に擦り寄って来たのは、繋場いたち――ツナギである。




「いたちちゃん。別にそんな事はないと思うよ」




誰かに聞かれる可能性を考慮して、そんな風に話しかけると、ツナギはおかしくってたまらないと言った風に笑った。
ツナギ。魔法使い。城門管理委員会創設者。孤高の前線部隊。属性は『肉』、種類は『分解』――




「ツナギ、ちょっと来てくれ」




小声で言って教室を出る。首を傾げながらもツナギは着いてきたようだった。




勿論、チョコレートは忘れずに。




* * *






「何、タカ君ったらこんな人気の無い場所に連れてきちゃったりして。最近の小学五年生って進んでるのね」



ツナギの軽口をかわしつつ、僕は彼女に、チョコレートの山(今現在は紙袋に入れている)を差し出した。



「……告白タイム?」
「違う」
「そんな真面目に言わないでよ。わかってるわよ、食べろって言うんでしょ?」




首肯すると、ツナギは「タカ君って本当嫌な奴よね」と返してきた。




「これがもらえなくって死にそうになる子だっているのに、贅沢だわ」
「実際チョコレートもらえないぐらいじゃ死なないだろ」
「そう言う話じゃないわよ」




文句と言うか、苦情を言いながらもチョコレートを受け取るツナギ。中からチョコレートを一つ取り出した。
少々けばけばしいとすらいえるラッピング、あれは一体どうやって解くのだろうと興味深く見守る。




「……えい」



包装は容易く破られた。破壊的な開け方だ。
粗暴に扱いながらも、僕を責めるツナギ。




「これ何か絶対本命よ。あーあ可哀相」
「なら食べなきゃいいだろ」
「ここで食べなかったらどうせ家で捨てるんでしょ」
「そんなところかな」




どうせ今日は僕の父親も大量に茶色の物体を持ち帰り、それの処理で頭を抱えるのは目に見えている。




「りすかちゃんからは貰わないわけ」
「りすかにバレンタインにチョコレートを渡すような社会性があると思うか?」
「思わないわ」




その後もチョコレート一つ一つに感想をいいながら(「カード挟まってたわよ。読む?」「読まなくても大抵予想できる」「不味い……」「心の込めて作ったって言うけど、不味かったらそこから伝わってくる心は憎しみだと思わないか?」)完食したツナギは、律儀に「ごちそうさま」と言った。




「でもいいの? お返しとか色々あるんじゃない」
「渡してきた人間は覚えてる。どんな気持ちで渡してきたのかも」
「それは嫌な男の台詞だわ……」
「自分周辺の人間関係ぐらい、把握しとくのは当然だろ」
「普通相手の気持ちまで把握しないわよー。まあいっか、タカ君だし」




無責任とも信頼ともとれる台詞を吐き(恐らくどうでもよくなったのだろう)、ツナギはゆっくりと教室へと戻る。時間をずらしたほうがいいと思い、僕はしばしその場に留まった。さて、今日はどうしようか。りすかのところに行く用は、特に無い。ならばいかない方がいいのだろう。いいに、決まってる。





* * *







「キズタカを待ってたのが、この私なの」



赤い魔女が、いた。


学校の下駄箱に不登校児がいるのと、佐賀県に魔女が居ることはどちらが珍しい事なのだろうか。
りすかは、初めて来た学校を物珍しげに見つめている。何をしているんだ、この駒は。下手に目立つな。しかも、僕に会いに何か来てだとか。僕を待って、いただとか。学生の噂は凄まじいんだ。もし、誰かに見られたら――





「男の子にチョコレートをあげるのがバレンタインなんだって、言ったのがチェンバリンなの」




はい、キズタカ。僕の手に明らかにその辺のコンビニで、一年中市販されているような板チョコを押し付けるりすか。それから顔を隠すように帽子を被りなおし、カッターナイフを取り出して自らを傷つけた。瞬間、彼女の姿が、消えた。






「……それも食べてあげよっか?」





誰の声なのかなど一々描写する必要はなく、僕は「遠慮しておく」とだけ、返した。
あの赤い魔女周辺の人間関係だけは、どうにも把握できていない。