「ハピネスやらロンリネスやら、英語では動詞足すところのエヌイーエスエス、ようするにnessとつけることで、動詞は名詞、それもただの名詞じゃない抽象名詞になるそうだ。抽象、つまりは具体的ではないということだな。先の例を使えば幸せも孤独も抽象的で、抽象的なものでしかないという。まあ俺はそれに概ね同意するがね、ここで一つ疑問が出てくるんだよ《街》。なあ式岸、愛ってのは抽象的なものじゃないのかな。しかし別にラブネスなんてポケモンみたいな単語はないし、つまり英語では愛を抽象名詞だとしていないということなんだな。愛は具体的なものだと。勿論愛と恋の違いのない言語の話ではあるんだが、まあ俺は結構好きだぜ、そんな考え。で、ここまでの問題を踏まえて俺はお前に要求する」


目の前の男は一気にそう話すと、気味の悪いほど微笑んだ。
式岸軋騎は反射的に愚神礼賛、自分の愛しの釘バットを探したのだけど、哀しいかなそこにそんな物はなかった。


「愛は具体的なものだ。具体的に愛をくれ」
「兎吊木、そんなに死にたいんなら史上類を見ないぐらいもっとも荒々しい手口でもっとも容赦なくもっとも残酷に殺してやりたかったんだが、残念ながら俺の得物が手元にないから撲殺と絞殺とどれがいい?」
「そんなに愛してくれてるとは光栄の限りだな《街》。今度綾南に自慢してやろう」
「あいつは絶対信じないと思う」


絞殺は後が汚いだろうし、撲殺は違う意味で汚い。やっぱり絞殺だろうか。なんだか嫌らしい気がする。


「そんなに具体的なものが欲しいなら死ねばいい。死ほど具体的なものはねえよ」
「しかし死は殺伐としている。俺は潤いが欲しい。癒しが欲しい。許しが欲しい。だから愛をくれ」
「俺はお前を潤わせたくもないし癒したくもないし許したくもない。無論愛もやりたくない」


兎吊木は考え込むような仕草をした。


「見返りを要求するか式岸」
「言ってねえよ。お前の頭どうなってんのか一度でいいから開いてみてみたい。気色悪いから見ないがな」
「愛してるぜ式岸」
「そうか俺は愛してねえよ」


話を聞かない男だった。
更に考え込むような仕草をして、兎吊木は一気に距離を縮めた。
そのまま壁に押さえつけられて、口付けられる。

入れられた舌を食いちぎる勢いで噛んで怯んだその隙に、密着しすぎて応戦できなかった体勢から脱出。
思いきり蹴り飛ばすと、思いもよらない距離飛んで、少しだけ焦る。

しまった、ああ見えてただの男だった。
思わずプロのプレイヤーとかその辺に対する攻撃を放ってしまった。
しかししまったしまったといいながらも、少しも後悔は浮かんでこない。
寧ろいい気味だ、あの変態。


「式岸が妙な知恵覚えた・・・・・・前は舌で押し返そうとするから絡めとってやったのに」
「人間は学習するからな」


壁に思い切りぶつけられながらも、兎吊木はそれなりに元気だった。
骨の一二本はいったと思ったのに。


「俺は感謝される覚えはあれど蹴られる覚えはないぜ。痛いな確実に骨が折れた。治療費を請求してやる」
「黙れ変態。正当防衛だ」
「過剰防衛だろ。大体式岸はこちらがお膳立てしてやらないと絶対のってこないツンデレシャイボーイだから、俺がお膳立てしてやってるてのに。まあいいさ、俺は《死線》に対して以外にはSなんだが、今度のおしおきを考える事でその問題をクリアしようじゃないか。壊してやろうじゃないか。しかし問題は治療費だな。別にお前に骨を折られるのはこれが初めてじゃないが、うん治療費は愛でいいよ。そうすれば話の流れに沿う」
「流れに沿っても俺の意向に沿ってねえよ」


兎吊木はまた考え込むような仕草をした。どうせ考えても無駄なんだからさっさと死ねばいいのに。


「ふむ。先程英語の話が出たから補足しておこう。英語的思想で考えるならば、愛とは思いであり、恋とは行動である。もしかしたらお前はそれを律儀にも守っていたのかもしれないな。可愛い奴だ――じゃあ命令する、俺に恋しろ」
「英語の話はお前が一方的にしただけでそれは話が出たとは言わないし、ここは日本で俺は日本人だ」
「その割にお前は大和撫子的な奥ゆかしさがない。いや、お前は色々と深いから奥ゆかしいんだが暴力的だ」
「日本男児だからな」
「この場合の問題は性別ではなく受けか攻めかだろう」
「煩いこの変態」


もう一発蹴ろうと思って傍に寄ったら、腕を引かれてバランスを崩した。
やばい、失敗。大失態。


「わかったわかったから式岸、折れてるらしいところを肘で押すのを止めろ」
「一体何がわかったかによるな」
「俺が愛されてるって事」
「やっぱりお前は死ね」


結局、疲れたように言って身を任せる。

傍で笑った変態の顔が、何よりも不愉快だった。








LOVENESS***
***LOVELESS