奇策士とがめは今、最大限にイラついていた。
原因は目の前にいるこの男。
真庭忍軍十二頭領が一人、真庭蝙蝠のせいである。
旅路
此処はとある飯屋。
絶刀『鉋』を奪いにいく為の旅の途中のことだった。
お昼時だし、ご飯を食べようという事になり、二人仲良く飯屋に入ったのはよかったが…
「おばちゃん、とりあえずざるそば十人前な」
店に入って席につくなり、蝙蝠はそうさらりと注文をした。
そのあまりにもさらりとした自然さに、とがめは思わずツッコミそこねた。
口をパクパクさせるのがせいぜいだった。
「な、なっ…」
「その後にうどんと握り飯全種類一つずつ持ってきてくれよ」
調子よく注文する蝙蝠に店のおばちゃんは軽く答える。
「お兄さん、そんなに食べて大丈夫かい?」
「きゃはきゃは、腹の事なら問題ねーし、金ならそこの子猫ちゃんが払ってくれるから大丈夫だっつーの」
「ちぇ、ちぇりおーーっ!」
やっとのことでとがめは蝙蝠にツッコミを入れることができたが、軽くかわされた。
「なんだよ子猫ちゃん、いきなりツッコミ入れちゃって」
「馬鹿者! お前は人の金でどれだけ食べる気だ!」
「店入る前に聞いたじゃん。俺めちゃくちゃ食べるって。そしたら子猫ちゃん『好きなだけ食べるがいい』って言ったじゃん」
「私のモノマネをするな! ーくっ、確かにそう言ったが、此処まで食べるなんて思わなかったもん!」
「もん?」
「兎に角! 貴様は食い過ぎだ!もう少し控えろ!」
「やだねー。今真庭の里困窮気味だから食料とかやべーんだよ。食える時に食いだめしとかねーとやってらんねーっつーの」
そう言って蝙蝠は来たざるそば十人前を流し込むかのように食べていく。
「せめてそのざるそばだけにしろ」
とがめなりの妥協案を出したが無駄だった。
「無理。腹へって倒れて刀集めれなくなったらどうするんだよ。ここで俺倒れたらアンタを守る男いなくなるぜ?」
「ぐっ…」
とてもではないが、蝙蝠なしで刀を集めるなんて、とがめには無理だ。
幕府に蝙蝠の替わりがいたとしても、敵地間近のこの場所で一人いること自体危険だ。
とがめは蝙蝠を睨んだ。
蝙蝠は涼しい顔で最後のざるぞばを食べ終え、うどんに手をつける。
「…おのれ、卑怯者…足元を見おって・・・!」
「きゃはきゃは。俺は忍者だからな。卑怯卑劣が売りなんだよ」
「ぐぐぅ…」
「おばちゃーん、最後に甘味全種類頼むわ」
「・・・・・・」
また注文する蝙蝠をとがめは止める事はできなかった。
「子猫ちゃん食べねーの? 食わねーと体に悪いぜ。ただでさえ不健康そうなのによ」
「うるさぁーい! 貴様に言われんでも食べるわっ!」
この日、とがめは昼から酒を飲んだ。
しこたま飲んで、しこたま酔って、蝙蝠に失態をみせ、宿まで運んでもらい、ついでに介抱してもらったのは奇策士とがめにとって一生の汚点である。
なぜならば
「子猫ちゃん、俺寿司食いたい」
「これ買ってよ。金の置き物」
「払っといてくれよ〜」
「こんな安くてボロイ宿なんかに泊まれないっつーの!」
「きゃはきゃはきゃは! おかわり! あと、追加で注文なんだけど」
「はい、これ領収書な」
「子猫ちゃーん、腹減ったんだけど?」
「なぜ私が払わないといかんのだっ!!!!?」
このやり取りに対しての蝙蝠の次の台詞は決まっている。
「ベロベロに情けなく酔って、俺に介抱されちゃったこと、あの女に話してもいいのかよ?」
なんなら俺自らあんたに変化して再現して説明してやっていいなー! きゃはきゃはきゃは! へとつづく。
そう、完全に脅しのネタにされていたのだ。
「蝙蝠めぇぇぇっ! 貴様! 覚えていろっ!」
「いいけど。それって完全に悪役の台詞だよな」
「ちぇりおーーーっ!!」
やっぱりとがめのツッコミは避けられた。
蛇足其の一
後日、裏切りの後。真庭の里にて。
蝙蝠と川獺の会話。
川獺「なぁ蝙蝠、とがめちゃんとの2人っきりの旅はどうだったよ?」
蝙蝠「最高♪」
川獺「あれ?お前とがめちゃん嫌いじゃなかったか?」
蝙蝠「大嫌いだっつーの。でも旅費は全部向こう持ちだからな。いろんなもの、奢って貰っちゃった。だから最高ー」
川獺「なんだよそれ」
蝙蝠「飯は勿論向こう持ちだしー、服も靴も武器もその他諸々買ってもらったしー」
川獺「お前は彼氏になんでも奢ってもらのが当然とか思ってるわがまま彼女かよ…」
蛇足其の二
刀語一巻後、とある町にて。
とがめと七花の会話。
とがめ「七花、本当にそれだけでいいのか?上着だって買ってやるぞ?」
七花「これの方が戦いやすいからいいよ」
とがめ「もっと高い袴を買ってもいいのだぞ?」
七花「いいよ、これで。動きやすいし。あんまり高価なやつは気がひけるよ」
とがめ「くっ…」
七花「と、とがめ?!なんで泣いてるんだ?」
とがめ「七花・・・お前は素朴で、欲にまみれていない、いい奴だな・・・お母さん嬉しい」
七花「いや、とがめは俺の母ちゃんじゃねーから」
とがめ「蝙蝠の奴ときたら、最高級の着物を買えだの、オメガの時計を買えだの、ホテルは最高級のスィートじゃないと眠れないだのわがまま言ったり・・・」
七花「と、とがめ! よくわかんねーけどその台詞はやばいって!」
とがめ「おのれ・・・! あの時日本酒を飲んでさえいなければ・・・!!!」
なんだかよくわからないが、とがめと蝙蝠の間には裏切り以外にも色々な事があったんだなぁと七花は思った。
おわり
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グリフ様のサイトにて、相互記念に頂きました!
我侭彼女風の蝙蝠さんが良かったです。らぶ。
ありがとうございました!