「グッモーニン兄ちゃん」 「………………」 軋識は一旦首を傾げてから、キッチンに向かい、冷蔵庫を開けてペットボトルを取ろうとして。 顔面を冷蔵庫につっこむことになる。 「…………ってえな!」 「黙れ煩い無視すんな!」 もう一度、軋識に蹴りを喰らわせた哀川潤は、怒ったように後ろを向いた。 そのままソファの傍に行って、どかっと座り込む。 「兄ちゃん腹減った。飯」 「ねえよ……てかお前なんで朝っぱらから勝手に人の家にいるんだ」 「ん? 夜這いしたほうが良かったか?」 「小娘が夜這いとか言うんじゃねえ!」 そして大事なのは朝っぱらから、ではない。 勝手に、の方に注目するべきだ。 哀川潤は豪快に笑う。 「そう過剰反応するなよ兄ちゃん」 「過剰じゃねえよ少しも。だから何で勝手に人の家いるんだ?」 「あたしは哀川潤だぜ。鍵開けにおいて右に並ぶ奴はいないし、左に並ぶ奴も遥か彼方にしかいない」 「ふうん……格好いい台詞っぽいけど要するに不法侵入だな?」 「不法侵入じゃねえよ、あたしだもん」 「なんだその微妙に悪魔的な理屈は!」 「悪魔って言うな。どっちかってっとあたしは天使だろ」 「天使は人の家に突然押しかけてきて人を蹴った上食事を要求したりしない」 「ああ? ガブリエルはヨセフんとこに不法侵入したじゃねえか」 「あれは夢の話だ」 「じゃあいいや、あたし天使じゃなくて」 あっさりと引いた哀川潤に、少しだけ怪訝な顔をする軋識。 哀川潤は、滅茶苦茶悪魔的な凶悪な微笑を浮かべると、断言した。 「あたしは神だ」 「……腹減ったなー」 現実逃避。 そういう名づけが相応しい軋識の反応に、哀川潤はソファの上に立ち上がって彼の首を絞める。 「ほんっと兄ちゃんムカつくよなあ」 「痛えよ。お前にやられると本気で死ぬから止めろ、潤」 気にする風もなく、更に力が入った。露骨に嫌な顔をする軋識。 「大体むかつくんなら来るんじゃねえよ」 「煩い。兄ちゃん放っといたらあたしを確実に用無しボックスに入れそうだから、それ防止に来てんじゃねえか」 「んな下らねえ心配しなくても、お前は俺の中でかなり重要な位置を占めてる」 腕の力が緩んだ。そして一気に強くなる。 「……止めろ! 本気で死ぬっ」 「ばーか!」 「馬鹿はお前だ!」 「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!」 「はあ?」 どんっと突き放された。 訝しげに軋識が振り向くと、そこには―― 「おい? 潤お前顔真っ赤――」 「あたしは赤が好きなんだ! 文句あるか!」 「いや、ないです、けど」 何故か敬語だった。それほどまでの剣幕だった。 「もういい! 兄ちゃんの天然タラシ男!」 しかもわけがわからない。 そんな事を何だか叫びながら、哀川潤は部屋から逃走してしまった。 「……何がいいたかったんだ? てか、何しに来たんだあいつ」 つぶやきと言うより、ぼやきだった。 「ま……いいか」 分からない事は理解を放棄するに限る。 そう思うと軋識は、朝食をとるために、外へと向かう準備を開始した。 堕ちゆく天使と昇りゆく悪魔 |