会わなければ幸せだったのか。
会えただけで幸せだったのか。


分からない。


そして会ってしまった今、そんな問いは意味をなさないことは承知しているのだけれど。


自分は今、幸せだ。
とてもとても、幸せだ。



だけど。




――お前って奴はどうにもこう、不幸だよな。




揺らいだ。
たぶん気紛れで発したのだろうその言葉に、簡単に、揺らいだ。


たぶん、会えた事すら忘れられたら、一番幸せなのだろう。
会えないことがわかってしまえば、もう駄目だろうから。



「ぐっちゃん」



彼女の声がする。



「ぐっちゃんどうしたの? 珍しいね、ぼおっとして」
「すみません――暴君」
「別に構わないよ」



小さな手が、頬を撫でた。



「そういうのは、好きだから」
「そう、ですか」



よくわからない。
彼女は手を休めずに、続ける。




「ねえ、ぐっちゃん」
「何です?」
「ぐっちゃんは私の事、忘れない?」




一瞬だけ――戸惑ってから。或いは、うろたえてから。




「はい」




言葉を返す。




「一生?」
「はい」
「死んでも?」
「はい」
「永遠に?」


「――はい」


「そっか。ならいいんだよ。私だけ覚えてるのは、不公平だからね」




例えどうでもいいものに分類されようとも、彼女は俺の事を忘れはしないのだ。
それは、酷く甘美な事実で、現実で、真実だった。




だから――自分だけ記憶の呪縛からのがれようとするのは、やっぱり間違っているのだろう。
逃れようとしても、逃れられない彼女がいる。
与えられた唯一の許しである忘却を――甘受できない、彼女がいる。




これで構いはしない。
一時凌ぎにでも、納得する。










ぼくの記憶からきみだけをなくしてしまいたい
(でも同時に、なくしてしまいたくないとも思ってるんだ)