少女が悲しんでいる、と客観的な描写を自らに施して、早蕨弓矢は弓を構えた。
矢を持ち、弦を引き、放つ。それだけの動作を幾度となく繰り返す。
見た目には分かりづらいが、弓道と言うのは存外腕力を必要とする娯楽であり、少女の場合は娯楽でも何でもない為、その疲労は細腕を存分に甚振っていた。骨の軋む音すら聞こえそうな程にがくがくと腕は震え、しかし少女は矢を放つ手を休める様子も無い。打てば打つほど命中率は下がっているというのに、衝動をぶつけるように打ち続ける。


役立たずは、嫌いだ。
役立たずは、役に立てないから。

兄様の。
兄様の。
兄様達の。


本家や分家などどうでも良かったし、大人達にも興味は無かったし、彼らの役に立とうなどという思いは毛頭なかったが、兄弟の役には立たなければならなかった。
それは単に、そうでなければ嫌われてしまうのではないかと言う――幼い恐怖心ではあったのだが。




「…………っ」




腕が垂れ下がり、崩れ落ちそうになる体を支える。それでも尚懸命に、そうでもしないと何かが壊れてしまうかのように新たな矢に手を伸ばして。




「あ――」



矢が尽きてしまった事を、知った。
目の前にあるのは矢で飾られた的。どう見ても装飾過多だった。




矢を取ってこよう。
取り付かれるように前に一歩を踏み出し、地面に座り込む。
這ってでも進む気持ちで地面を睨みつけた。




「弓矢」


それは大切な人の声だった。


「ほら、弓矢さん。帰りますよ」


それは大切な人の、声だった。




「に――さま、」
「そんなに無理しちゃ駄目ですよ? ほら兄さんも何か言ってやってください」
「帰るぞ」
「いや、兄さん……」



「わ、たし――」



弓の練習しなければ、と弓矢は呟いた。
薙真は困ったように微笑み、頬を掻く。




「もうしてるじゃないですか」
「もっと、したいんです」



駄々をこねるような口調になっている。
刃渡はゆっくりと、突き放すような口調で言う。


「……今日の夕飯当番はお前だ」
「え?」
「すみません、お腹すいたんですよ」
「え――?」
「帰るぞ」




二人の兄の顔を見ようと見上げた背景はまだ青く。
どう考えても夕飯には早すぎる時間帯、それでも弓矢は何度も何度も、頷いた。










病的なぐらいに、空は青かった
(ああだけどきっと、病んでいたのは少女だったのだ)