街で、戯言遣いのおにいちゃんを見かけた。
おにいちゃんは、女の人と一緒だった。


だから私は気を利かせて――何より逃げるために、気付かぬ振りをしようと思ったのだけれど。
どうやら叶わない願いみたいだった。



「あ、崩子ちゃん」



見つかってしまった。
見つけられてしまった。
それでも平静を装って、挨拶をする。



「こんばんは、おにいちゃん」
「こんばんは。えーっと、これは」


「玖渚友だよ。よろしくね」




片目だけが青いその人は、酷く健全な風に笑った。
だから――だから。


* * *




「崩子ちゃんはいーちゃんが好きなんだ」



唐突に、その人は言った。私は思わず――言葉につまる。
それすら見透かしたように、彼女は笑った。



「残念だったね」
「………………」
「いーちゃんは、私の恋人、だよ?」




拳に――力が篭るのが、わかった。
爪が食い込む。痛いとか、そんなのは感じない。




「ねえ――私のこと、憎いでしょ?」




憎い。どうしようもなく、憎い。
だけど――彼女がこんな言い方を、わざとしてることも――気がついていた。
憎まれることで、私を救おうとしてくれているのだろう。それはまるで、おにいちゃんみたいに。



脳髄は理解した――それでも、興奮するように鼓動は高まる。
心がついていっていないのだ。
そう思った。




「憎い――です」
「だよね」
「でも」



力を入れて、拳を解く。




「おにいちゃんが、貴方を好きになったんだから」
「………………」
「私も、貴方を――好きになれると、思います」




そういうと彼女は少し困ったように笑った。




「どうして崩子ちゃんに出来ること、私には出来なかったんだろうね」



その意味はよく、わからない。










思考回路を支配するのは、ただの憎しみだった
(憎しみに魅入られた私は酷く汚いから、それを否定しようと私は彼女を好きになる)(その動機が更に不純なことにも、気がついてた)