「疲れた」



久方ぶりに出会った、第一声はそれだった。



「そうか」




男の返答も適当なものである。
特に何の感慨もない再会。


喫茶店にいる、男二人。
それだけならまだいいのだけれど、二人の格好は牧歌的なノースリーブと燕尾服、互いに中身不明でなるべくなら見たくないような黒い鞄を無造作に持っている。その上顔は悪くない。
はっきり言って、割と目立っていた。


街中で偶然出会い、そのまま話し込むのも不味いのではないかという理由で入った喫茶店だったが、これではどちらがいいかわからない。不特定多数の視線を鬱陶しげに受けつつ、零崎軋識は言った。



「なんか久しぶりっちゃけど……元気でやってるっちゃか?」
「元気でやっている。むしろ元気のないのはアスの方じゃないのか」
「元気がねーわけじゃねえっちゃ。疲れてるがな」
「疲れてるのと元気がないのは違うのか。まあ、悪くない」





溜息をつく軋識。別に立った今左隣に居る男、零崎曲識だって変人には変わりないのだけれど、テンションが高くない分まだ一緒に居て大丈夫だった。残りは皆高いのばかりだ。何でお前らそんなにノリノリなんだよ、みたいな。





「アスは色々と考えすぎるんだ」
「周りが俺を振り回しすぎるんだっちゃ」




一人ぐらい俺の意思を尊重しろ。
切実な願い。




「むしろ、いっそ、流されたら楽なの、か」








唯々諾々と従おうと従うまいと、結局結果は同じなのだから。
そんな事はできやしないくせに、呟いてみる。








「ふむ」
「? どうした」
「確か今の気持ちにぴったり来る言葉を、以前レンから聞いたんだが。なんだったかな」







それから、ぽんと手を打った。古臭い動作である。








「ああ、思い出した」
「何だ?」
「誘っているのか、だ」
「は?」








あの変態何を、と思う前に。
嫌な予感が身を掠める。






「『目を瞑る』」





意思とは無関係に強制的に視界が閉じる。
やばい、こいつ前より確実に腕をあげた。




光が消えたままでもなんとか逃げようとしたところに、止めを一つ打ち込まれる。





「『静止する』」





これで逃げ道も絶たれた。
刹那、柔らかい感触が唇にある。
周りが僅かに興奮したような声を出すのが聞こえた。





そこでようやく目を開くと、音楽家は素知らぬ顔で紅茶をすすっている。




「てめえ……」
「流されたほうが楽だと言うから、流してみた」
「うるさい」




曲識は紅茶のカップを静かにおいて右側、つまりは軋識の方を見た。
向けられた瞳は子供の頃から少しも変わらず澄んでいる。
芸術家というのは、いつまでたっても子供なものなのかもしれない。









「アスは、たぶん、もっと素直になればいいんじゃないか」









ガキが知ったような口を利くな。



腹立ち紛れに言って、勢いでキスをした。
周りの声などもう聞こえない、ただ左にいる男の驚いた顔だけが瞳に映った。










さざなみに、この身も運命も任せてしまえば
(まあ有る意味、楽しくはあるんだろうさ)