「兎吊木」
「ん? どうした滋賀井」



滋賀井統乃は片手にコードレスの電話を持ったまま、いつもどおりの無表情で兎吊木に話しかけた。



「電話だ」
「俺にか?」
「正確には式岸にだが、いないんなら君を出せと言われた」
「式岸の家族?」
「子供だな」
「ああ、わかった」



そのままにやにや笑いながら兎吊木は受話器を受け取る。



「やあ」




声を出した瞬間、会話しているものでなくても聞こえるような、怒ったような声が受話器から響いた。
耳をあてていたのだから余程煩かったはずなのに、男は笑ったままである。




「式岸の居場所か? 知ってるよ。ああ、嘘だ知らない。いや、知ってるんだけどな……ふふ、そう怒るなよ。要するに今何処にあいつがいるのかは知らないが、探せば見つけれるという確信があるってことさ。……はあ? 青いこと言うなよ。あ、いや君は青くて十分な歳だったか。悪い悪い。は? は……馬鹿だなあ。愛やら何やらで人探しが出来るか。それだったら誰も失踪人の捜索を警察や探偵にに依頼したりしないさ。確信があると言ってるだけだ。何で探さないのかって? 逆に聞きたいよ、何で探すんだ? むしろ、何で探せるんだ?」




笑ったまま、続ける。




「行方くらましてるって事は落ち込んでるんだろ。そんな情けない状況人に晒して楽しいと思うか? 家族だって嫌だろう。寧ろ家族だからこそ嫌だろうぜ。自分なら慰められるとか思い上がるなよ、餓鬼。いい年した男が誰かに慰められて喜ぶとでも思ってんのか? 放っておけよ死にはしない。そのうちかえって来る。お前が今から式岸の元に行ってへこんでるあいつを慰めでもしたら、それこそあいつその場で死ぬぜ? そういう馬鹿だ、あれは。というかお前家族なんだろう? 何でそんなこともわかんないんだ? ……ああ、そうか。それが若さって奴なんだな。自分だけは例外だと何処かで思いたいわけか……ふうん。まあいいや、とりあえず年配者足る俺から言える事はそれだけだが」


一度面白そうに見つめると、滋賀井統乃に向かって、受話器を振った。


「切れた」
「だろうな」
「若いなあ……《凶獣》以上《死線》以下の青さだ」
「大抵の人間はそこに納まるぞ」


兎吊木は肩を竦めると、大儀そうに立ち上がる。


「……何処に行くんだ?」
「式岸探してくる」
「………………」
「そんな目で見るなよ。別に慰めに行くわけじゃないから」
「……なら何しに行くんだ?」
「嗤って来る」
「………………」


滋賀井はしばらく迷った末に、言った。


「たぶん、死ぬと思う」
「大丈夫大丈夫」


ひらひらと手を振ると、兎吊木は出て行ってしまった。





不機嫌なりに完全回復した式岸軋騎と、満身創痍の兎吊木垓輔が、揃って姿を現したのは、それから少したってのこと。










探せないのではなく、探さないのだ
(だって探したら見つけてしまうし、それはとてもつまらな、い)