「崩子」


これは夢なのだ。
私は瞬時に悟った。
分かりたくもないものを、理解した。

これは夢。

私の願望――妄想。



「萌太」




萌太がいた。
彼は、微笑んでいた。





「もう――大分、大丈夫みたいですね、崩子」
「もえ、た」
「僕は安心しました」




声が出ない。
声が出ない。
彼の名前しか、呼べない。




「萌太……」
「いー兄は元気みたいですね。こっちも姫姉と、元気でやってますよ」
「あ――」




彼の体に触れようとする。
いつもしてくれたように、抱きしめて欲しかった。
それでも彼は、悲しげに首を振る。


「駄目ですよ」
「どう、して」
「崩子が、戻れなくなってしまうから」



構わない。
少しだけ、そう思った。
だけどたぶん、その選択をした後――私は後悔するのだ。
それもまた、分かりきった事。



「これは夢?」
「崩子が夢だと思うなら、夢ですよ」




そんな風にずるい台詞を、萌太は言って、微笑んで。



「なら、夢です。夢だから――」




皆まで言われなかった。
萌太がそっと、私を抱きしめる。
感触が、ない。



ああ、本当に夢なのだ。



「じゃあ、崩子。皆によろしく――家族を、大事にしてください」
「ええ。……また」
「?」



「また、会え、ますか?」



「――崩子がそう、望むなら」



最後まで、そんな事を言って。
目が覚めたとき、私は泣いていて。
お兄ちゃんに抱きしめられた。



それは萌太のとは違い、確かに温もりを伝えてくるものだから。




萌太がどうしようもなく悲しくなって、私はまた泣いた。










夢だとわかっていたって
(それでも、縋った。)