-3- 昔から神々は、自然と共に在りました。 其れは同時に、人と共に在ると云う事でした。 神様は自然の秩序を守る者ではなく、秩序其の物だったのです。 秩序無き世界は――唯、塵に帰すのみ。 自然無くして神が無い様、神を失くしては自然は亡くなるばかりでした。 だから、蝙蝠は一人きりだったのです。 なのに、目の前の男は――平然と。 山を捨てたと云いました。 元居た山は最早無いと云いました。 何故と問うと、笑って答えます。 「一人は楽しかったのです。気楽でもありましたが――面白くは、無かったのですよ」 「面白く無い――そんな理由かよ」 「そんな理由? 私に取っては死活問題なのです」 貴方には分かるでしょう、と喰鮫は云いました。 飴を握る力が、強く為りました。 「私は何も貴方を苛めたいのでは無いのです――唯、先人の経験として、言っておこうと思ったのですよ」 人間に為る事は出来るのです。 捨てる覚悟が有りさえすれば。 人間にお為りなさい。 其れを望んでいるのでしょう。 否――望んで居ようと居まいと、此の侭では貴方は。 此の侭では。 彼はそう言って、その通る声を止ませました。 「……何してんのよー」 「狂犬。話しているだけですが」 「苛めてる様にしか見えないんだけど」 「それは穿った見方と言うものです」 「俺らにもそう見えたがな」 「……皆して酷いですねえ」 気付けば皆が傍に居ました。 酷いと口では云いながら、喰鮫は楽しそうでした。 幸せなのだ。 羨ましいと、また思いました。 そして、ふと心が揺れます。 自らも彼の様に為れるのではないのか、と。 否――為れるのです、確実に。 蝙蝠は既に、此の少しばかり風変わりで楽しそうな連中を、割合好きになっていたのでした。 しかし――その時。 ――……! おい聞こえてんのか! ―― ――限界だっつーの! 山が危ない! 早く―― 「山が危ない?」 「何の――」 ――……もり! 蝙蝠! お前山神だろうが! ―― 一斉に、視線が集まるのが分かりました。 嗚呼、ばれてしまった。 蝙蝠はうっすらと微笑むと、ゆっくりと歩き出しました。 「蝙蝠! 何処に行く」 「山にな」 「……今は、良い機会だと思うのですけれど」 喰鮫の言葉に、蝙蝠は一瞬だけ立ち止まりました。 「此の侭続ければ――貴方、死にますよ」 「!?」 「知ってるよ」 自分が生きるには、山は削られ過ぎたのです。 此の侭山と共に在ろうとすれば、きっと蝙蝠自身も消えてしまうのでしょう。 「それでも――行くのですか」 「捨てる覚悟、出来ねえしさ。覚悟出来たら、此処に来るかも知んねえ、けど」 今は帰るよ、と云うと、喰鮫は何も云いませんでした。 「それじゃあ、楽しかった」 「ちょっと、待ちなさい」 腕を掴まれ、止まらざるを得ませんでした。 「如何云う事よ――あんたが何者だって構いやしないけど、死にに行くんだったら許さないわよ――!」 蝙蝠は、否――天狗はとても幸せでした。 僅かの間に在っただけだというのに、彼女は自分を死なさないと云うのです。 浅ましいと笑う事も出来たでしょうが、笑いませんでした。 「死なねえよ」 「………………」 「また会いに来る――この、ハロヰンとか云う、可笑しい祭の時にな」 自分が居ても可笑しくない空間。 ならば永遠に居たいとも思いましたが――矢張り其れは、出来ません。 だから、来年の此の日を楽しみに。 また、一人に為る事にしたのです。 * * * 「!……よだんい無けいと無見迄倒面の所の前おが俺で何よだんい遅」 「悪かった」 帰ると其処には、川獺の他に、白鷺が居ました。 「はしゃぎ過ぎだって……まあ、お前の性格考えないで連れてった俺が馬鹿だったけどさ……」 「悪かったって。白鷺ももう戻っていいぜ」 「ろれら怒に凰鳳か何前お!」 「……悪かったつーの。ほら、お詫び」 友達にと貰った飴を渡すと、二人は揃って首を傾げました。 「で、楽しかったのかよ」 「きゃはきゃは、当然」 守る必要など感じてられ居ない物。 其れでも自分が守っていく。 用無しにされれば、一緒に朽ちて行けば良い。 木霊の声が、風に響いて来ます。 ――来年もお待ちしてますよ―― だから死なないで下さいね、と無理な事を言いました。 しかしその理不尽な要求は、決して不愉快ではありませんでした。 ――××××× ×××××××××―― 「だ何?」 「はっぴい、はろゐーん?」 「Happy Halloween」 自分が言ったとも思えない程綺麗な発音で出てきた言葉は、山の中に静かに響いていきました。 |