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昔から神々は、自然と共に在りました。
其れは同時に、人と共に在ると云う事でした。
神様は自然の秩序を守る者ではなく、秩序其の物だったのです。





秩序無き世界は――唯、塵に帰すのみ。
自然無くして神が無い様、神を失くしては自然は亡くなるばかりでした。





だから、蝙蝠は一人きりだったのです。
なのに、目の前の男は――平然と。





山を捨てたと云いました。
元居た山は最早無いと云いました。


何故と問うと、笑って答えます。





「一人は楽しかったのです。気楽でもありましたが――面白くは、無かったのですよ」
「面白く無い――そんな理由かよ」
「そんな理由? 私に取っては死活問題なのです」




貴方には分かるでしょう、と喰鮫は云いました。
飴を握る力が、強く為りました。




「私は何も貴方を苛めたいのでは無いのです――唯、先人の経験として、言っておこうと思ったのですよ」



人間に為る事は出来るのです。
捨てる覚悟が有りさえすれば。
人間にお為りなさい。
其れを望んでいるのでしょう。
否――望んで居ようと居まいと、此の侭では貴方は。
此の侭では。



彼はそう言って、その通る声を止ませました。




「……何してんのよー」
「狂犬。話しているだけですが」
「苛めてる様にしか見えないんだけど」
「それは穿った見方と言うものです」
「俺らにもそう見えたがな」
「……皆して酷いですねえ」





気付けば皆が傍に居ました。
酷いと口では云いながら、喰鮫は楽しそうでした。




幸せなのだ。





羨ましいと、また思いました。
そして、ふと心が揺れます。
自らも彼の様に為れるのではないのか、と。
否――為れるのです、確実に。




蝙蝠は既に、此の少しばかり風変わりで楽しそうな連中を、割合好きになっていたのでした。






しかし――その時。








――……! おい聞こえてんのか! ――>







声が聞こえました。
聞きなれた、川獺の――河童の、河神の声でした。




「へ――? 何よ、これ」
「声――?」











――限界だっつーの! 山が危ない! 早く――












「山が危ない?」
「何の――」











――……もり! 蝙蝠! お前山神だろうが! ――











一斉に、視線が集まるのが分かりました。








嗚呼、ばれてしまった。






蝙蝠はうっすらと微笑むと、ゆっくりと歩き出しました。








「蝙蝠! 何処に行く」
「山にな」
「……今は、良い機会だと思うのですけれど」






喰鮫の言葉に、蝙蝠は一瞬だけ立ち止まりました。






「此の侭続ければ――貴方、死にますよ」
「!?」
「知ってるよ」








自分が生きるには、山は削られ過ぎたのです。
此の侭山と共に在ろうとすれば、きっと蝙蝠自身も消えてしまうのでしょう。







「それでも――行くのですか」
「捨てる覚悟、出来ねえしさ。覚悟出来たら、此処に来るかも知んねえ、けど」





今は帰るよ、と云うと、喰鮫は何も云いませんでした。








「それじゃあ、楽しかった」
「ちょっと、待ちなさい」







腕を掴まれ、止まらざるを得ませんでした。





「如何云う事よ――あんたが何者だって構いやしないけど、死にに行くんだったら許さないわよ――!」






蝙蝠は、否――天狗はとても幸せでした。
僅かの間に在っただけだというのに、彼女は自分を死なさないと云うのです。
浅ましいと笑う事も出来たでしょうが、笑いませんでした。





「死なねえよ」
「………………」
「また会いに来る――この、ハロヰンとか云う、可笑しい祭の時にな」







自分が居ても可笑しくない空間。
ならば永遠に居たいとも思いましたが――矢張り其れは、出来ません。
だから、来年の此の日を楽しみに。









また、一人に為る事にしたのです。












* * *















「!……よだんい無けいと無見迄倒面の所の前おが俺で何よだんい遅」
「悪かった」





帰ると其処には、川獺の他に、白鷺が居ました。






「はしゃぎ過ぎだって……まあ、お前の性格考えないで連れてった俺が馬鹿だったけどさ……」
「悪かったって。白鷺ももう戻っていいぜ」
「ろれら怒に凰鳳か何前お!」
「……悪かったつーの。ほら、お詫び」




友達にと貰った飴を渡すと、二人は揃って首を傾げました。





「で、楽しかったのかよ」
「きゃはきゃは、当然」






守る必要など感じてられ居ない物。
其れでも自分が守っていく。
用無しにされれば、一緒に朽ちて行けば良い。






木霊の声が、風に響いて来ます。








――来年もお待ちしてますよ――












だから死なないで下さいね、と無理な事を言いました。
しかしその理不尽な要求は、決して不愉快ではありませんでした。












――××××× ×××××××××――














「だ何?」
「はっぴい、はろゐーん?」











「Happy Halloween」












自分が言ったとも思えない程綺麗な発音で出てきた言葉は、山の中に静かに響いていきました。