「多分、憎んでるとか、怨んでるとか、じゃなく、って」 余りにも鬱陶しい赤い色。 ふと、ふと――潰してしまいたいとか、思った。 絆鎖 「平和ですね」 「平和じゃないのが一人歩いてるがね」 「そう自嘲することはないですよ。兎吊木さんは十分平和ですから」 「あれ? あ、そうか俺の方なのか平和じゃないのは」 街中を歩く、殺人鬼と壊し屋。 平和を気取る自分達を嘲笑うように、冷たくなった風が吹く。 「ぜろ、ざき――双、識」 「なんですか?」 「呼んだだけさ、君の名前を」 「それは分かりますけど」 適当に徘徊して適当に座る場所を見つけ、平和すぎる公園のベンチを休息場所として認めた。 右端自分、左端彼。 決して狭くないベンチ占領完了の瞬間。 「鳩がいる」 「さすが公園ですね」 「公園と鳩は等式かい? まあ、平和な公園の構図としては及第点、か」 「エサでもやったらいいんじゃないですか」 「エサの代わりに銃弾食らわしたいかな」 「………………」 首を振りながら鳩は前に進む。 そう何度も首を振られると、千切りたくなるから厄介だった。 「兎吊木さんの世界は随分と物騒に見えてるんですね」 「だって万物は唯一一つを除いて全て破壊対象だぜ? 君だってそうだろう、双識君。あ、一応言っとくと君も破壊対象だからな」 「わかってます。勝手に間違った仮定を押し付けないで下さい。俺は貴方にそう言う目で見てもらおうとは思ってません。それに」 隣に座っているお陰で顔が見えない。 多分見た瞬間壊したくなるのだからこのままの方が幸せという気もするし、顔が見たいような気もする。わからない。 人の気持ちがわかるプログラムを製造するまで、人類は後どれぐらいかかるのだろう。 あのメンツならば造れただろうか――と戯れに問うてみる。 そんなものはくだらないと、全員――自分を含めて全員が言うに決まっているというのに。 真意も本音も分からないけど、確かに言うに違いない。そういう連中だった。 「それに? 何だい。続けろよ」 「……聞いてたんですか」 「何でそんな一生の不覚みたいな顔するんだ」 「一生の不覚だからです」 「…………。まあいい。続けてくれよ」 手で示すと嫌そうに語り始めた。 「別に俺は、万物を破壊対象だとは思ってないですから」 「ふうん? それはどっちの意味だ?」 全ての物は、等しく破壊対象ではないのか。 破壊対象に入らない物があるというだけなのか。 肩をすくめられた。両方の肯定とも、双方の否定とも受け取れる。 「家族は間違っても破壊対象にならないんだろうがね。一賊に仇なす者は破壊対象じゃないのか」 「……なん、ていうか」 難しそうな声だった。中学時代のクラスメイトが、教員に当てられてこんな声を出していた気がする。 あの時のあいつは今何をしていたんだろう。助けを求められたから思いっきり嘘を教えてやった記憶しかない。 「破壊対象とは、違うような」 「へえ」 「殺したいとか――じゃない。そうじゃなくて」 言葉を捜しているのだろう、宙に目が泳いでいる。 なんだか色々面倒だったので、肩を軽く叩いてみた。 「何――」 片手をベンチの背において体重を預け、身を乗り出してキスをする。 唇を離したとき彼は、随分形容しがたい顔をしていた。 「憎い――じゃあ、ないな。そうじゃなくて」 「嫌い」 彼の声が聞こえる。 「ああ、それだ。嫌い。嫌いか。単純な言葉なのに忘れていたな。もう歳かな」 「そろそろ寿命かも知れませんね」 「俺は君の家族にゴキブリ並の生命力だといわれた男だぜ」 そう言うと叩かれた。 事実なのに。 「何で叩くんだい」 「ゴキブリ並なら、叩けば死ぬかと思いました」 「おい、ちょっと待て、それは」 ツボった。 腹を抱えて笑っていると、今度は軽く、肩を叩かれる。 「ん――」 顔をあげた所で、唇に感触。 挑戦的にも見える赤い瞳が見えた。それしか、見えなかった。 それなりの距離を持って座りなおすと、やはり彼は形容しがたい顔をしている。 「嫌い?」 「わかりません」 「やっぱり人の気持ちが分かるプログラムは必要かもしれないな」 首を傾げた。当たり前だ。 「まあ、しかし今ないものは仕方ないし、俺が教えてやろうか」 嫌いと同じく単純な言葉を軽く発すると、彼はまた表情を変えた。 変化のないようで意外とバリエーションが豊富だった。 「嫌いですね」 音のしそうなほどにっこりと微笑まれる。 だから仕方なく俺も微笑み返して、 「何が?」 と聞いた。 |