「きし、しきさーん」
「………………」
「軋識さん」
「少し黙れっちゃ」



普段から余り緩むことのない表情は、いかにも不機嫌な様子をありありと示しており。
実を言うとそれが少しだけ心に堪えたのだけれど、少女は笑って彼を見る。



彼らが立っているその場所は、生者がいるのがおかしいぐらいの荒模様で。
無様な死体が――死体と思しきものが、散乱している。
文字通り、乱れ散らばっている。
どうやら男の手にある、赤く染まった釘バットが原因のようだった。



「一人で行くからには、一人で何とか出来る確信が絶対条件だっちゃ」
「確信したんですよう」
「それは盲信だ」




少女は軽く肩をすぼめる。
その小さな肩にあるべき布は、既にぼろぼろに破れていた。
その代わりというわけでもないのだけれど、立った今巻いたらしい包帯が、素肌に当てられている。




「レンもトキも――人識だって、こんなことで一度だって俺に心配掛けた事はねーっちゃ」
「心配してくれたんですか」
「舞織」





強い語調に身体を竦ませる少女。
誤魔化せやしない。曖昧になど出来ないのだと、ようやく悟る。











「……帰るっちゃよ」






その少女の様子を見つめてから、そのまま背を向けて、男は歩き出した。




「あ、」






慌てて少女は立ち上がる。
焦ったように――立ち上がる。
そのまま前につんのめって、男の背中に抱きつく格好になった。



いつもさほど高くない体温は汗ばむほどの熱を持っていて、軽く縋っただけであるというのに、男の鼓動がはっきりと聞こえてくる。




走って、ここまで来て。
急いで、相手を殺して。
自分を、心配してくれていたのだ。








「ごめんなさい」







そう思えば実に素直に、言葉は出てくる。
振り向いた男の顔は、それでもいくらか怒っているようだったけれど。

先ほど垣間見た冷たさは、既になかった。




「俺の言いたいこと、わかったっちゃか」
「た、ぶん」




その返答に、呆れたように頭をかく。





「これからは、ちゃんと、俺でもレンでもいいから――一言声かけていくっちゃよ」
「嫌です」
「……舞お「軋識さんだけに、声かけていきます」




男の瞳が、僅かに見開かれた。





「軋識さん専用のヒロインになりますから、ちゃんと助けに来てくれなきゃ駄目ですよう」
「お前は反省してるのかしてないのかどっちっちゃか……」







そう呟いてから、皮肉げに笑って。






「ほら、さっさと帰って手当てするっちゃよ――お姫様」
「おぶってくれたりすると喜んじゃうかもしれません――王子様」

「調子にのるな」
「う」





そんな事をいいながら、男は少女を背負う。






「……きひひ」






照れ隠しに笑う男の体に、少女は全てを預けた。






君専用ヒロイズム。