「蜜蜂」
「あ、蟷螂さ……」




後ろから聞きなれた声がして、振り向いて。
その状態で硬直する蜜蜂。




何故なら。





「か、蟷螂さん……?」





振り向きざまに、蟷螂に抱きつかれたからである。
混乱して頭が上手く回らない。




「え、と……あの」
「蜜蜂――」




上目遣いで見上げられる。
その瞳は、心なしか潤んでいるようだ。





「……好きにしてくれ」
「!?」



ちょっと待って蟷螂さん好きにってあれ本当に好きにしていいんですかじゃなくて蟷螂さんのことだからきっと別の理由があったするオチなんだ頑張れ自分いつもみたいに期待して失敗するんじゃないでもこの体勢は少し不味いっていうか蟷螂さんその顔はちょっと狙ってるとしか思えないというかそんな顔でそんな事言われたら誘われてるとしか思えないんですが僕はどうすればいいんですかって本気でやりますよいいんですか――


固まっていた思考回路が、高速にそこまで吐き出した。息継ぎもなかった。





「……っくく」






その時、下の方からくぐもった声が聞こえた。
どうやら――笑い声のようだ。蟷螂の肩が揺れている。





「きゃはきゃは! 蜜蜂お前マジで面白いな!」
「って……蝙蝠さん!」





途中で耐え切れなくなったのか、いつもの調子で笑う蝙蝠。
相手が蟷螂ではなく蝙蝠だと知って、蜜蜂は疲れたように肩を落とした。





「もう止めてくださいよ……ていうかその格好で高笑いしないでください」
「悪い悪い。でもどきどきしたろ?」
「ええ……流石ですよね」
「そう褒めんなよ照れちまうじゃん。んーじゃあお詫びに」




笑っていた顔が真顔に戻る。
そうなると、最早本物と見分けはつかなかった。





「蜜蜂――」




当たり前だが、声まで全く同じである。




「愛している」
「…………っ」




顔を真っ赤にする蜜蜂。





「かまき……や、蝙蝠さ」
「蜜蜂はわたしが嫌いなのか……?」
「い、いや……その」







「……きゃはきゃは! おれだよおれ」
「あ」




蟷螂の格好をした蝙蝠は、再び笑った。
そこでようやく、平静を取り戻す蜜蜂。






「蝙蝠さまからのご奉仕でした!」
「……疲れました」
「折角だからなんか色々やるか?」
「色々って」
「そりゃあまあ、接吻抱擁なんでも?」
「……っ……だからっ!」





その後の言葉が続かない。
蝙蝠はその様子を楽しそうに見てから、何か思いついたように後ろを向いた。








「……? 蝙蝠さん?」
「ちょい待ち」





蜜蜂派首を傾げる。そして蝙蝠が再び振り返ったとき――






「じゃんっ! 蟷螂女版っ!」
「ちょ……っ!」






蟷螂の顔。それは変わらない。
ただ――先程までは平らだったその胸に、豊かなふくらみが出来ていたことを除いては。





「実在しない人間にはなれないんじゃなかったんですか……!」
「顔蟷螂で、身体適当な女にしときゃ問題ないじゃん。蜜蜂もっと大きいほうが好み?」
「ああ成程。いえ、僕はそのぐらいの方が……じゃなくって!」




ぱんっと蝙蝠の肩を抑える蜜蜂。




「お願いだから戻ってください……!」
「抱きつくぐらいしたってバチはあたんねーと思うけど?」
「や、え、それは」





若さ故の心の葛藤だった。
蝙蝠はつまらなさそうに口を尖らせると、蜜蜂の後ろに回る。





「え、蝙蝠さん?」
「名前呼ぶまでこっち向くな」





何をやってるのだろう。
ていうか、もうなんだかわからない。



(……抱きつくぐらいしても良かったかな)




ちょっとだけそう思った。







「蜜蜂」







呼ばれて後ろを振り向く。胸は元に戻していたけれど、蟷螂のままのようだった。
蜜蜂は、少しだけ迷って、結局その身体を抱きしめた。






「蜜、蜂……?」








心臓が煩い。
これでは本物に対するとき先が思いやられる――と、思っていたら。




「何をやってるんだ?」
「何って……蝙蝠さん?」
「わたしは蟷螂だが?」
「え?」





ぱっと身体を離して、顔を覗き込む。
随分と訝しげな表情だった。




「じょ、冗談ですよね……蝙蝠さん」
「だから――わたしは蟷螂だが」






一瞬で後ろに飛んだ。
体温が滅茶苦茶に上がる。






「すみませんっ……! 蝙蝠さんと間違えてっ!」
「……蝙蝠?」




首を傾げてから、納得したように頷く蟷螂。





「そうか、お前は」
「え?」
「いや、いい。頑張れよ」





それだけ言うと去って行ってしまった。






なんだかよくわからないけれど――もしかして結構美味しかったのだろうか、今のは。
だったら少しは感謝してもいいのかもしれないと――接待好きな頭領の一人を思い浮かべて、蜜蜂は笑った。















<後日談>






「蟷螂どの? 難しい顔してどうしたんだよ」
「難しい顔などしていないが」
「そうか? ならそれでもいいけどよ……どうしたんだ?」
「蜜蜂と――蝙蝠」
「? それがどうかしたのか?」
「つきあっているらしいぞ」
「え」


まじまじと蟷螂の顔を見る蝶々。
どうやら本気で言っているらしい。


「や、たぶんそれは勘違い……」
「いや。違う」




妙に強情である。少々不機嫌そうな蟷螂を見て、蝶々は溜息を吐いた。







Replacement×Cycle