汗をかいている。
熱帯夜というわけでもない、どちらかといえば肌寒い宵だったが、汗をかいている。
だから、タオルでその汗を拭った。



「……っちゃ」



拭えど拭えど、伝ってくる熱い液体はなくならない。
怪訝に思ってタオルを見ると、血がべったりと付着していた。

ああ何だ、汗ではなく血液なのか。
一体何処で怪我をするような失敗をしたのか、見当も付かない。

それが分からない程興奮していたと――言う事か?


「そろそろ、移動した方がいいんじゃないかい」


月でも見るように、しかし実際には月の見えない切り取られた空を見上げていた双識が言う。



「悪い――少ししくったみたいだっちゃ」
「うん? ああ、怪我したのか」



そう言うと双識は、長い足をフルに活用して傍に近づてきた。



「血が止らん」
「顔の傷は浅くても血が出るらしいからね」



と、双識は頬に触れる。
つまりは傷に触れたという事で、地味に痛かった。



「痛いっちゃ」
「痛くしてるんだ」
「……何でだ」
「そうしたら、もう二度と怪我しようとは思わないだろう?」



怪我なんて、してほしくないんだよ――双識はこともなげに、そんな言葉を言う。




「不安何だよな、アスは」
「不安って、何がだっちゃ」
「アスは時々、世界なんて終わってしまえって顔をする」
「……思ってねえよ」
「でも、そういう顔をするんだ」


ふと、思った。


殺戮の瞬間に、彼は何処に居ただろう。
彼はどんな顔をして、



人を殺す己を見ていたのか。





「別に、そこまで破滅的な考え方してねーっちゃ」
「だから、私だってアスがそう思ってるとは思ってないけどさ」




根拠の無い不安って奴さ、と双識は嘯いて見せた。


迷惑な事に、不安は伝染する。
だからその不安を殺すように、断言した。




「世界には、終わってほしくねーっちゃ」
「……アスがそう言うのは少し意外かもしれない」
「ただ」



顔を見ないように「お前が残るなら世界が終わっても構わない」とだけ言う。
頬を撫でていた手が一瞬とまり、唇に触れた。



「それ、十分破滅的だぞ」
「壊滅的じゃねーだけマシだ」
「全然マシじゃないよ、だって」



私が残ってもアスが消えたらどうしようもないじゃないか、と言う双識の声。





ああ、自分たちは何処までも身勝手なのだと確信する。
世界の事など少しも考えていない。




「レン、お前、俺が人を殺してる所見て、どう思うっちゃ」
「どうって――アスがどんなことしてても」



次の言葉が出る前に、その口を塞ぐ。
何を言うかなんて、生まれる前から知っていたのだ。







(品行方正である必要も誠実である必要も純粋無垢である必要も正直である必要も真面目である必要も勤勉実直である必要もなく、)
(ただ生きて愛するだけでいい)