「よくやるな、おぬしも」 声と同時に、頭の上に感触がある。 どうやら手ぬぐいを乗せられた様だ――言葉には答えず、それを使って濡れた髪を拭いた。 予定通りに修行を終え、川で軽く水を浴びていた所だったのである。 「面倒だ――我は言われなければ修行などやりたくない」 「だからお前は駄目何だ――少しもしのびらしくない」 手ぬぐいを体にかけたまま、暮らす家へと向かった。 昔は多くが居て――段々と減っていき――結局のところ自分一人で住んでいる、家。 一人きりの空間―― 「おい。人が態々来たのにその態度は何だっ」 「……ああ、忘れていた」 「その手ぬぐいは誰が持参したと思っている」 「わたしだろう」 「……確かにそうだが!」 ああ、最近は一人きりという訳でもなかったか。 振り返ると其処には男が居て――しのびと名乗るにはふざけすぎな格好をして――拗ねたような表情をしている。 しのびらしからぬ、豊かな感情表現は、初めて会った頃には疎ましく――今は割合、そうでもなかった。 「そう面白い顔をするな。笑うだろう」 「もう笑っている……笑うな」 「ああ、そうか。気付かなかった」 本当に、気付かなかった。 自覚なしに笑んでいたようで――しかしそれを男はからかいだと取ったようで、更に拗ねたような顔した。 思うのだけれど――しのびとか以前に、この年頃の男が拗ねた顔をするというのはどうなのだろう。 家に入り、戸を閉める。 あ、忘れてきたと思ったら再び戸が勢いよく開いて、大して丈夫でもない家が軋んだ。 「わざとか、おぬしのそれは」 「わざとではない」 余りにも一人で居すぎたのだ。 それが染み付いてしまっていて、自分以外の誰かが居るという事が認識できない。 認識できても、すぐに忘れてしまう。 思わずいつもの通り、自分しかいないように振舞ってしまい―― ――結果、男を怒らせる。 「…………ふん」 やはり男は怒っているようで、先ほどがから目を合わせようともしない。 自分にとって友人との対話も会話も初めての体験であり、手探りで進むしかないのが現状であったりする。 友人――友人か。 それはどれほど妙な呼称であるのだろう。 兎も角も自分は損ねた相手の機嫌をどう戻すのかなど、わからない。 わからないから拗ねられても、ただ放置するしかないのだ。 しかし以前、完全に放置していたら酷い目にあった。 ならば出来る事をするべきなのか、と迷うのは一瞬で――結局、途中であれこれ考えるのも無為な気がして――頑なに顔を逸らし続ける男の顎を掴み、無理にこちらに向けようとする。 だが強情さなら相手に分があるようで、固定された首は全く動かなかった。 面倒になったので、こちらに向けるのを止めて反対に回す。 方向転換が早すぎて、男は対応できなかったらしく――何よりそんな行動を取られると思わなかったらしく、首が変な方向に曲がった。 「何をっ」 安易に激昂して、頑なに向けなかった顔をこちらに晒した男。予想通りで可笑しかった。 抗議の声が出る前に、唇を合わせて塞ぐ。 そのまま力を込めて押し倒すと、体の下でごそごそと動く気配と言うか、明確に抵抗する気配があった。 「拗ねるな」 「誰が拗ねさせたと思っている」 「わたしだろう」 「……確かにそうだが!」 「機嫌を直せ」 「おぬしの命令など聞くか」 今日はやけに機嫌の直りが遅い。 くるくると変わる表情は、不機嫌そうであり――しかしながら、面白がっている風でもあった。 ああ何だ、そういうつもりか。 理解したところで再び口付ける。 歯茎を舐めるように舌を動かし、くちゅくちゅと音を立てた。 その間に半分ほど衣は脱がし終わっていて、頬に当てた手を緩やかに動かす。 耳を弄ぶと、繋がったままの唇から熱い息が漏れた。 「……は……ぁ」 「ふ」 「笑う……な……」 「昔、お前に笑えと言われた事があったが」 「覚えて、な……い」 勝手な奴だと言いながら、三度目の接吻。 鎖骨の辺りに手を滑らせていると、違和感があって顔を上げる。 一瞬銀色の糸が繋がり、直ぐに切れた。 見ればそこは、まるで肌を繋ぎ合わせたかのように、歪な線が入っている。 この前までこんなものは無かったはずなのだが。 任務で縫うような怪我でもしたのだろうかと、その線をなぞると男の体が僅かに動いた。 「それ、は……っ」 心底嫌そうに男は首を振る。 余りにも必死そうなので指を線に這わせるのを止め、そのまま下ろして下半身を弄る。 筋肉のついたしなやかな体――どんなに性格がらしくなかろうとも、男がしのびである事の証明だった。 どうでもいいのか、そんな事は。 無理矢理に思考を中断して、手を再び動かし始める。 腿の内側に手を這わせていると、鳥肌が立っていた。 男の左手がこちらの右手を掴み、懇願するようにと言うよりは、単に嫌がるような視線を見せている。 こんな場面だというのに、可笑しかった。 「ん……っや」 「わかったわかった」 足に指を這わすのを止めて、性器をそのまま撫でる。 既に大分熱くなっているようだった。 「盛り時か?」 「おぬし、に……言われたく、ない」 欲情しているくせに、と言うやけに余裕ぶった声が聞こえる。 「そうだな」 肯定してみせると面食らった顔をされた。 新しい表情だなとのんびり思う。 くるくると変わる表情は――嫌いではない。 先走りが溢れてきている性器を音を立てつつ扱い、自らの指を塗れさせてから、手を後ろに回す。 そのままゆっくりと、一度に挿入すると、男の背が大きく反った。 「っ……う……」 支えるようにもう片方の手を回すと、男も背中に手を回してくる。 中に入れた指を動かすたびにびくびくと体が動き、背中に爪が食い込んだ。 しかし縋られていると思えば痛みすらも喜べる気がした。 大分慣れた所で指を抜くと、次の行為に向けて後ろに回された腕の力が強くなる。 足を持ち上げ、取り出した自身をゆっくりと挿入する。 びくん、と一際体が揺れた。 「んぁ……あっ」 「っ……」 流石に苦しい。 しかし痛みから言うなら男の方が上だろう――腰を動かし、更に奥へと突き入れる。 「ぁ……んっ……!」 「はっ……ぁ」 「あ……っ」 背中に回された爪が食い込み、肉を裂くような痛みがあった。 男が果てた瞬間、締りが強くなり、我慢できずに自身も果てた。 * * * 「馬鹿め」 「お前だって楽しんでいただろう」 「それとこれとは話が別だ。許してもらおうとして犯す奴が何処に居る」 「ここにいるだろう」 「……確かにそうだが!」 「わたしは、友人の機嫌の直し方など知らない」 他人の機嫌の取り方なら知っているが、と言うと、男は見た事もない表情をした。 言葉では表し難い――表情だった。 「許す。許してやる」 「そうか」 頷くと、男はしなだれかかってきた。 抱きつくようにされて、これでは顔が見えない。 顎を持ち上げようとすると、片手で両目が隠された。 そしてそのまま、唇を合わせられる。 「見るな」 「わたしに見られると困ることでも?」 「ああ」 その声音は随分真剣に聞こえた。 そんな中ふと彼の体に合った、縫い痕の様な歪な線を思い出す。 何故そんなものを思い出したのかは、わからない。 「我は、ここにいる」 男の体の感触は至る所にあって、ああ一人きりなどではないのだと、やけに納得した。 |
痛みが残した有罪証明
痛みが残した有在証明