人が殺したい。




そんな物騒な事を突然、宇練銀閣は呟いた。
顔を合わせないように座っていた白鷺は、にやりと笑って返答する。




「奴えね危」
「思うだけなら自由だろーが」
「んゃじんいな危らかるやに際実はたんあ」
「今はまだ、思っただけ何だがね」




共有している空気が妙に篭っていて、頭がくらくらとする。
しかし立ち上がるのも億劫で、無理に手を伸ばして戸を開き、空気を入れた。
隙間から、冷たい風が我先にと吹き込んでくる。


頭は冷えたが、頬の熱はとれなかった。






「閉めろ」
「で何」
「寒い」
「そっあ」





言われたままに戸を閉じる。
外の風景は再び遮断され、視界には部屋と、男だけになった。




しばらく沈黙があって、再び男は「人が殺したい」と言った。









「なだいたみ蝠蝙らた見けだ面字てっれこ……呑剣呑剣」
「その場合は全然危なくねーじゃねえか……ふわ」









軽く欠伸をしてから、目を擦る。
寝ている事が目に付くこの男だったが、実際眠りが浅すぎて、こうでもしないと十分睡眠をとれないらしい。
任務に支障の出ぬよう、深く短く寝るよう訓練されている自分たちとはまるで真逆だ。








「閣銀」
「…………何だ」
「かるみてし殺」
「何を」
「を俺」






男の顔を見ていないにも関わらず、その表情が容易に想像できた。
閉じかけていた瞳を薄く開き、こちらを見て、それから刀を見て間合いを見ているに違いない。








「もとれそ」










昔聞いた話だ。
吊り橋の上で思いを告げると、恐怖からの鼓動の高まりを恋への高揚と勘違いして、思いが実りやすいらしい。
聞いた当時は、自分はそんな危ない橋の上で告白してくる空気の読めない奴は絶対嫌だと思ったものだが。












「かうそ殺をたんあが俺」












橋の上での告白など、似合わない。
殺し合いの最中での告白は、似合う気もした。
もっとも、たかが殺し合いで男が高揚するとも思えなかったが――それでも。






自分は忍者であり。
男は、剣士だった。









「殺せんのかねえ」
「なゃきなか行らか面正」
「へえ」
「らたせ殺たんあが俺しも、あな」





あんた俺に惚れるかな、と呟いてみる。
男の顔は見えていない。
どうせ、下らないとばかりに興味の薄い顔をしているのだろうが。





その時。


体温の低い、ともすれば血が通っていないかに見える手が、自分の顎の舌にあって。
それが何か、今から何をするのかを思考する前に、









ぐきっ









「あぁ痛っ!」
「……びっくりした」
「がうろだ台詞のちっこはれそ!」






ぐい、と顎を押しやられて。
押されて、押されて、押されて、押されて。
これ以上ないぐらい首を後ろに反らせた所で、背後にいた男と目があった。



瞳孔が開いている。
どうやら偽りなく、驚いているようだ。

いやしかし。





何に驚いた。





「あーあ……気持ち悪いな」
「なう言事ういうそ、がらな見顔の人」
「細けーな……どうでもいい、そんな事」
「たい驚に何今?」
「教えると思ってんのか」
「……いな」






体の力を抜くと、位置関係上、男の膝の上に落下する。
視線はあったままだった。
そういえば、今日顔を見たのは始めてかも知れない、と何となく思う。





「かるみてし殺」
「しつこいってえの――もういい」








色々失せちまったよ――と男は言って、眠そうに瞳を閉じた。







グ ッ バ イ マ キ ュ リ ー
(折重なった防衛機制に、)