「何の用だ?」 「用はない。おぬしの顔を見に来ただけだ」 「下らない、」 そう言いながら開かれた戸は閉じられず、ならばこちらが遠慮をする必要もないと、青年はその戸を堂々くぐった。 真庭鳳凰と、左右田右衛門左衛門。 二人が道を違う前の話。 二人がまだ違った頃の話。 「………………」 いつものように団子が差し出され、何も言われぬうちからそれを手に取る。 向こう側で相手が嫌そうな顔をしたが、構わない。 「悪いな」 「少しは悪いと思っている顔をしろ」 「図々しいのは忍者の売りだろう」 「それは真庭だけの売りだ。普通のしのびはもっと謙虚で目立たない」 「謙虚で目立たないのは有象無象の器しかないからだと思うがな」 「己がそうではないと? まあ、確かに相生忍軍よりは、主役の器だったのかもしれないが――」 それは、自嘲の言葉だった。 恨みの言葉でもあった。 抉る様な。 神経がまともであれば、抉られるような。 しかし残念ながら、まともな神経など――真庭のしのびは、持ち合わせていない。 そんなもの、とうに捨てた。 「真庭に入らないのか、おぬしは」 「……お前は馬鹿だな」 「本気だが?」 「だから、馬鹿だと言った」 「ふん……つまらぬな」 「お前に面白がられようとは思っていない」 揺るがない、冷静そのものの対応。 それにすぐ腹を立てる自分は修行がなっていないのか、と少しだけ思う。 しかし忍軍の連中は、やけに感情の起伏が激しいのばかりなのだが。 まるで狂って居るように。 「おぬしは役立つと思うのだがな。なんといったか――そう、忍法生殺し。あれなど惚れ惚れした、我も使ってみたい」 「使いたいと思って使えれば苦労はしない。お前が私にでもならぬ限りは無理だろう」 軽口のようだった。 それが可能だと知ったら、きっと目の前の男はそんなこと、言わなかったに違いない。 使いたいと思って使えれば苦労はしない? だから、己は苦労などしていないのではないか。 苦労など、面倒くさい。 そんな物は、まるごと誰かに押し付ければいい。 「そもそも、役立とうがどうだろうが、私の出自では嫌だろう」 「我らがか? おぬしがか?」 「両方に決まっている。特に私がだが」 「まだ憎いのか」 「憎くないとでも、思っているのか」 冗談めかして言う割に、その憎悪が強いのは見て取れる。言葉に表すのが難しいほどだ。 そもそも、目前の男の忍法生殺しを見る運びになったのも、つまるところ行き成り敵と認識されたからなのである。 最早語り継がれても居ないような、昔の話を。 受け継いできた男は、背負っている。 「ん。美味かった」 「見れば分かる」 「そうか?」 食べ終り、皿を緩やかに左にどける。 その動作を特に意識せずに見ていた男の体が一瞬固まり、立ち上がろうとした時には既に己が押し倒していた。 「何故そんな抵抗するのも面倒そうなのだ」 「抵抗するのも面倒だからだ」 「逃げようとはしたのにか」 「逃げきれる可能性はあるがこの状態から逃げる可能性はない」 「余裕だな」 「考える頭があるだけだ」 誰かとは違う、とそれは挑発だった。 床に押し付けるよう唇を捻じ込むと、言ったとおり抵抗なく、まともに舌が絡む。 冷静というより冷徹としか思えようのない視線が気に入らず、そのまま食むように奥へと。 舌を絡ませ続けていたら、流石に酸素が足りなくなったのか僅かに眉を顰められた。 頬が上気している。 羞恥の為なのか他の要因があるのか、それはわからない。 ただ、艶っぽいとだけ思った。 「顔が赤いぞ」 「……っは……ぁ」 漸く放した唇は、酸素を取り込むのに精いっぱいのようで、その変わり、軽く潤んだ瞳で睨みつけられる。 しかしこれは先刻の物とは違い、さほど憎悪を含んでいるとも思えなかった。 勘違いかもしれない、とか都合のいい解釈だ、とかそういう冷静な思考はない。 今更だ。 首筋から肩へと手を滑らす。 僅かに汗ばんだ肌は、細かい傷を多く持ちながらも美しい。 何故なのだろうと考えながら、肩から胸へと撫で上げる。 突起に触れた瞬間男が顔をしかめたようだったが、矢張りそう言う事にも頓着しない。 胸から腰まで這わせると、逃げるように腰が浮いた。 それは何となく愛い動作で、喉の奥で笑うと、耳ざとく聞きつけた男が更に顔をしかめた。 しか耳はこれ以上もないほど赤く、冷徹な視線も既に効果はない。 体重を掛けることで改めて固定して、空いている方の手で耳を触る。 予想したとおりの熱を帯びており、自分の冷たい指とは馴染まなかった。 「……どけ、」 体を捩じらせながら、男は呟くように言う。 呟く、というか、力の抜けたような。 「逃げ……な、から――」 どうやら体重を掛けた位置の関係で、骨が軋んでいるらしい。 いや、狙ってはいたのだが。 「積極的だな」 「違……っ」 「まあ、どちらでもすることなど変わらぬが」 荒い呼吸が聞こえる。 力任せに押さえ込むのをやめて、胸の突起を噛むと、びくんと肩が動いた。 腰の辺りを行ったり来たりしていた右手を下ろして行き、その際邪魔になったので着物を半分脱がせる。 男は抵抗するそぶりを見せたが、胸板を舐めると体を縮ませ耐えるのに必至で何も出来ないらしい。 その様子が楽しかったので、舌はそのままに右手で性器を掴んだ。 「ん……っ!」 「興奮はしているのだな」 「っあ……ぅ」 言葉と共に右手を動かすと、僅かな動きだけで男は身を浮かす。 喘ぐ口の端からは唾液が零れていて、それをゆっくり舐めとった。 「……はっ……ぁ」 瞳の焦点が定まらなくなっている。 虚ろな瞳は死体を彷彿させたが、恍惚の表情は矢張り美しい。 剥ぎ取ってしまいたいぐらいに。 「く……っ」 くるりと濡れた指を挿入し、ゆっくりと掻き混ぜる。 ぐちゅぐちゅと言う卑猥な音はどうにも物欲しげで、愛おしかった。 指を抜いたところで男の体は一時力を抜いて、安心したように荒い呼吸を繰り返す。 両足を割ると後のことは予想がついたのだろう、肢体が強張るのがわかる。 ならば口に出す必要もないだろうと既に熱を帯びた自身を取り出した。 取り出して、挿入する。 「っ……ぁあ!」 「……っ」 白い物が飛んだ瞬間に突如締りがよくなり、連動するように達して倒れこむ。 抱きしめると、意外にも抱きしめ返してくれた。 「……はっ……ぁ」 呼吸が荒いのはお互い様か。 そんな音事を思いながら男の顔を見つめる。 端からゆっくりとなぞってみる――欲しいかも、しれない。 しかし、手に入れる為には殺さなければ。 「……っ何、だ」 ようやく開いた男の目は、既にいつも通り冷徹をたたえていた。 「泣きたいのは、こっちだろう」 その言葉の意味はよくわからず、しかし自ら重ねてきた男の唇は、何故だか優しかった。 |