「ふう」 見上げれば美しい満月――そう行けば風流だったのだろうが。 残念ながら今日の月は、半端な欠け具合を示している。 三日月と言うのには少し太く、半月というのにも少し細い。 半端物。 呼び名も知らぬ、月の夜。 錆白兵は、奇策士とがめからある任務を言い付かったばかりだった。 四季崎記紀の変態刀を蒐集するらしい。 彼女がその話を持ち込んだのは偶然なのだろう、が―― 四季崎記紀。 そして、変態刀。 剣士とせずとも、日本最強を与えられた錆にとっては――逃れたい禁句だった。 「なんにせよ、拙者にときめいてもらうしかなさそうでござるな――」 そんな風に呟き、再び歩を進める。 その時考えていたのは、奇策士が自分の前に刀集めを頼んだ相手――真庭忍軍、真庭蝙蝠の事だった。 自分より先にそちらに話が行ったのは、正直に言うと少しだけ悔しい。しかしまあ、少しだけの域を出はしないが。 「……しかし、本当に」 裏切ったのか。 常日頃から自分に奇策士のことは嫌いだといって憚らなかったあの男。 てっきり冗談の類だと思っていたのだが、どうやら本当だったようだ。 彼が奇策士に抱いていた感情は――どちらかと言えば好意的なそれだったと思ったのだけれど。 「考えても詮のない――話でござるか」 「……独り言多い奴だなあ、あんた」 突然背後から聞こえた声、瞬時に束に手を掛け抜刀する。 慌てはしない。この程度で慌てるほど、日本最強の名は軽くはない――! が、しかし。 美しい軌道を描いて刀を突きつけた錆は、相手の顔を確かめた瞬間、俄かに慌てた。 「こ、蝙蝠どの?」 「よ。久しぶりだな――錆白兵」 きゃはきゃは、と笑ってから、闇に溶け込んでいるしのび装束の男――真庭蝙蝠は言った。 「ていうかあんたは後ろから声掛けたら問答無用で刀突きつけんのかよ。こっわー」 「……敵でないなら斬る心算は無かったでござる」 「最初に生殺与奪は奪っとけってか――しかし」 刀を仕舞った錆を、黒目がちの瞳でじいと見つめる蝙蝠。 「俺は敵じゃねえわけ?」 「……ああ、そういえば」 裏切ったのでござったな、と錆がいう。 裏切らしてもらったぜ、と蝙蝠がいう。 「で、斬らねえの?」 「おぬしは拙者に斬られに来たのでござるか?」 「いや、ちょっとさ」 肩に、蝙蝠の手が置かれた。 「あんたにときめかせてもらいにきたわけ」 「は……っん!?」 手に込められた力が強くな――って。 後頭部にあった衝撃で、木の腹に叩きつけられたと知る。 「何をっ」 「命乞いだったら聞いてやるぜ?」 つ――と走ったのは、素肌を舐められる感触。 「っ……う」 生暖かい、晒すような刺激が胸を這い、思わず声が漏れた。 「きゃはきゃは、女みてえ」 「っ……!」 言い返そうと男を睨みつければ、彼の目には何の感情も映していない事に気づく。 夜の闇など否にもならない、人の闇を映した漆黒――否、闇そのものなのか。 「ぁ……く」 気を取られた間に言葉にする時期は見失われ、足を撫でるようにしながら段々と上がっていく右手に抵抗も出来ない。 せめて声をあげぬようにと閉じられた口は、肩を押さえていた男の左手によって無理に開かれてしまった。 「唇噛むぜ?」 「っるさ……めるで、ござ……ぁ……んっ」 「何いってんのかわかんねえよ」 ふざけた口調でそう言うと、蝙蝠はゆっくりと体を密着させる。 そこに親しみも愛情も何もなく、ただ錆を拘束させるためだけに。 「ゃ……あっ」 「震えてんじゃん」 恐怖からの震えではない。 当然、武者震いからでもなかった。 怒りから、というわけでも――残念ながら。 「んな気持ちいいのかよ」 「っ……あ」 「きゃはきゃは――」 「っ!」 がん、と蝙蝠の足が上がる。 膝の皿で性器を押さえられ、痛覚を満遍なく刺激して―― 「はぁ……っ」 快楽に成り代わり、脳に届いた。 体全体が酷く熱を持っている――自由に動かない。 膝はがくがくと崩れ落ちそうにしていて、しかし密着した体がそれを許さなかった。 「ぁ……んっ」 「大分素直になったことで」 「やぁ……!」 異物感。進入されていく、感覚。 最早痛みは快楽に呑まれてしまっていた。 「と」 蝙蝠は体を離し、ずるずると落ちそうになっている錆を再び抱きとめる。 そのまま背中を向けさせると再び木に押し付けて、 「っ……!?」 無理矢理に自身を挿入した。 「や……っめ」 「よがりながら言っても効果ねえって」 「っ……ぁあ!」 涙で、世界が歪む。 まるで毒に犯されたようだ――男の体から、毒が伝わってくるかのようだ。 「な、ん――で」 「別れの挨拶っつーこと? ま、どうでもいいんだけどよ」 口付けんばかりに顔を寄せた蝙蝠は。 歪めど隠し切れない歪さで、犯しそうに笑っていた。 |