「………………」
「にーちゃんおまったー」


真夜中に突然電話でたたき起こされて。
まくし立てるような口調で呼び出されて。
無視して寝ようとしたら、脅迫された。



そんなこんなで、零崎軋識は今ここにいる。
夜でもよく映える赤色の少女は、天真爛漫に手をぶんぶんと振った。



「……さっき電話でも聞いたがな……お前今何時なのかわかってんのか?」
「朝1:00」
「俺の感覚だと真夜中1時だ」
「そう不機嫌になんなよにーちゃん。仕方ないじゃん、あたしこんな時間しか空かなかったんだから」





秋口の夜は寒い。
軋識なんかはわざわざ上着を着てきているというのに――哀川潤は、寒さなど全く関係ないような薄着だった。
寒くないのか、ふと気になる。
しかしまあ、寒くはないのだろう。この少女にとって、そんなことはどちらでも同じなのかもしれない。





「何か用なのか?」
「まだひーみつ」
「………………」





沈黙する軋識に何も感じることはなかったようで、哀川潤は絡ませるように彼の腕を引いた。
溜息。






「……星すっげえな」
「ん?」


言われて見上げると、確かに今時中々見られない――満天の星に彩られた空。
ただ寝ぼけ眼なので、光が随分鈍く見える。







「にーちゃん?」
「………………」
「にーちゃーん」
「………………」
「おーい」
「………………」
「……おら起きやがれ!」
「っ……てぇ」


鋭い蹴りが鳩尾に入った。
なんだこいつ。横暴にも程がある――






「うわははは! やっと起きたな」


元気な笑い声だった。深夜だという事を、忘れるぐらい。



「お前元気だな……」
「あたしは哀川潤だぞ! てかにーちゃん、年寄り臭いぜ」






そこでふと、考えるように口をつぐんだ。







「そういやにーちゃんの名前聞いてなかったな。なんてーの?」
「俺は――」





答えようとして、ふと戸惑う。
彼女には――どちらで、接するべきなのだろう。
零崎軋識か。式岸軋騎か。
今、自分はどっちなのか。





「……何黙ってんだよ」





彼女の顔が不機嫌にしかめられる。
不味い――怒らせた。





「てめえあたしを「お前は哀川潤だ」




遮られたことにより、一瞬ぽかんとする少女。




「それで十分だろ」




少女の唇がとがる。ただでさえ悪い目付きが、さらに悪くなった。





「するんならもっとうまく言い訳しやがれ!」




叩かれた。


そのまま「ふんっ」とそっぽを向く。





「………………」






何と声を掛けるべきなのか、見当もつかなかった。
下手に声を掛けると、悲惨なことになりそうである。
しかしここで放置しても悲惨なことになるのは、今までの経験から目に見えてたり、して。






「おい潤――」





とりあえず、名前を呼んでみたところで――




ゆらり、と彼女の肢体が揺れる。







「……っおい!?」






そのまま、軽い音をたてて軋識の腕に収まる。
見れば、眠っているようだった。
見るだけには美人なのだ――そんな事を思う前に。





「ってお前冷た……」



冷え切っている。
なんでこれで平気そうなのか全然わからなかった。







少しだけ考えて。
少しだけ溜息を吐いて。
少しだけ迷ってから――片手で彼女を支えたまま、自分の上着を脱いで、彼女の肩にかける。







「……眠いんなら呼び出すんじゃねえよ」







そのまま少女を抱えあげると、歩き出した。
仕方がない――不本意極まりないが、部屋に連れて帰ろう。
こんな中に立っていたのでは、自分も少女も風邪を引いてしまう。




担いでいた軋識にはわかるべくもなかったのだけれど。



その時――哀川潤は、とてもとても幸せそうに。





微笑んでいたの、だった。









ただ君をしてる