OVER GLASS OVER1.
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「こういうのは有りなのかと、小生は思ったわけです」 まるで前振りのような台詞だった。 前振りのようだったから、黙って続きを待つ。 出された緑茶に口をつけると、暖かい感触が喉を撫でていった。 ことり、と湯呑を置く音。 窓から己を掠める風は冷涼で、平和という言葉を妙に実感する。 「窓、閉めましょうか」 「そうですな――冷えてきましたからな」 カーテンが僅かにずらされた次の瞬間、風が止んだ。 遠ざかっていた彼女の重心が、元の位置に戻ってくる。 「そろそろ――夕飯、作らないといけないな」 蜜蟻は独白する――どうやら先刻の前振りのような台詞は、単に言っただけのようだった。 それとも、途中で言うべきではないと判断したのかもしれない。 「すみませんなあ」 「晩鳥ちゃんの為に作ってるんですよ。だから、貴兄に謝礼される筋合いは無しです」 「そうですかな――まあ、いいのですがな。手伝いましょうか?」 「目の見えない人の手伝いは、それ、邪魔って言うんですよ」 「はっきり言いますな」 「貴兄に手伝ってもらっても楽しく有りませんし」 「フォローする気もないのですな……」 「ええ。無しです」 渇いた笑い声が聞こえた。 同時に、ビニールの擦れ合う音。 どうやら近くのスーパーで、食材を購入してきたようである。 「時に今日の夕飯の品は?」 「肉じゃがにポテトサラダに大学芋」 「……芋ばっかりですな……」 「芋には栄養が沢山有るんですよ。貴兄は睡眠が不足がちなのだから、栄養ぐらい取った方がいい――この間蝸牛も愚痴ってましたが?」 「作らせた物に対する文句の言葉はありませんがな。それに命掬いのは愚痴を言うのが半分仕事みたいなものです」 その返答には、再び渇いた笑い声。 立ち上がる音がしたので、その方向に話しかける。 「折角だから食べて行きませんかな?」 大多数の場合において、彼女は作るだけ作って帰ってしまうのだ。 晩鳥が頼めば食べていく事も多いが、この様子では帰宅前に作り終わりそうである。 断るのだろうなあと、予想はついていたのだけれど。 「――たまには、それも有りかな」 だからその言葉は少々予想外で、しかし予定内ではあったので――頷いてみせる。 「晩鳥も喜びますぞ」 「晩鳥も、などと言うと他にも喜んでいる人間が居るみたいですが?」 からかいを堂々と含んだ声音。 平然と返した。 「無論、小生が喜んでいるのですが?」 沈黙の後、押し殺したような笑い声。 「褒めなくても夕飯なら作りますよ」とそういって、足音は台所へと向かう。 晩鳥の帰りが少し遅い気がするがと思ったところで「ただいまですえー」と元気な声が響いた。 |