僕が彼女を愛していたか?嗚呼、実に愚問です殺していいですか?
それが恋愛と言うものです。



6.死は少女(少年)の腕の中で



(早蕨×少女)




はやかったね――と、当然のように女は言った。
当然だ――と、思ったとおりに俺は答えた。
まるで無意義な予定調和。
まるで無意味な言葉の集合。



嗚呼――戯言。



「おいで」




女はわざわざ、俺に向かって懐を開けた。
完全に降伏しきったかのような、全てを受け入れる者の姿勢。



「・・・・・・て。来る訳ないね」
「是非もなし」



女は納得したように頷いて、自ずから懐に俺を導いた。
うなじが見える。腹もすぐ傍にある。
幾ら密着している状態が、逆に殺しにくいものだとしても――流石にこの距離ならば。




殺すことに、不可能はない。




「死って、言うのはさ」



隣から女の声がする。



「招いてるときはそっぽ向いてるのに、こっちが遠ざけようとすると優しく抱擁をする」




刃渡みたいだね――


「何がだ」
「天邪鬼なんだよ」




女の笑い声が聞こえた。
何かを確信しているようで、苛立たしい。
嘯かれているような不快感。




「そろそろいいよ――殺しても」




そしてそれは確かに真実で、確かに女は欺いていた。
俺が女を欺くのと同様に。
そしてそれよりも――深く。




「刃渡は、殺し屋なんでしょう」




依頼人が、何を思い女を殺せと命ずるのかは知らない。
それは知らなくてもいい事だ。
ただ、女は――同様の理由で、幾度も命を奪われかけたのだと、言った。




「5歳の誕生日、誘拐されそうになった。10歳の誕生日、毒を盛られた。15歳の誕生日、首を絞められた」




だから。



「だから――殺した」



女が殺したわけではない。女にそれほどの力はない。
ただ、女の周りにうごめく力達が――悉く。




「私はもう死にたい」




女の声がする。




「もう私の周りには何もない――もう死ねる。やっと死ねる。ようやく死ねる」




女は一際強く俺を抱きしめると、さらりと身体を離した。
月光。月明かりの元でしか会わぬ己ら。
女の顔は青白い。いや、錯覚なのか。分からない。



「殺してください」
「・・・・・・ああ」



女の細い首に手をかける。震えが感じられ、そして悟る。
死にたいなど詭弁だ。この程度すら欺けぬ、女の弱さが疎ましい。


女は再び俺を抱く。己が腕の中に、俺を抱く。
俺は再び女の首に、



「手前――何だ」
「やっと聞いた。と言うのよ、刃渡」



軽い音がして首が折れた。
一瞬だった。当たり前だ、己がそうした。



「はっ」



死にたくなかったのだろう。
そう思った。




「俺が死の様なら、貴様は死そのものだ」




折れた女の首を支えるように、女を抱きしめた。
後ろに回る手が重い。思いやる手つきではない。今の女に思いなどない。



俺の腕の中の死が、微笑んだ気がした。
あわせて、女の腕の中の俺は、幾許が振りに笑った。




* * *






目の前の男が何やらまくし立てる。
頬は上気し、実に恍惚とした表情である。
嬉しいのだろう。
やれあの女はしぶとかった死んでくれて万々歳、これで己は安泰だ、金がどうだ有難いだか無意味な言葉を羅列。


無意味に耐えられたのはあの女だったからなのだ。
当たり前だ。




「煩い」
「へ」


そして男は物言わぬ骸と化す。
これで己が女を殺した意味は、永遠に喪失された。

ああ――だから。




死を抱きて、今日も。