それが恋愛と言うものです。 (早蕨×少女) はやかったね――と、当然のように女は言った。 当然だ――と、思ったとおりに俺は答えた。 まるで無意義な予定調和。 まるで無意味な言葉の集合。 嗚呼――戯言。 「おいで」 女はわざわざ、俺に向かって懐を開けた。 完全に降伏しきったかのような、全てを受け入れる者の姿勢。 「・・・・・・て。来る訳ないね」 「是非もなし」 女は納得したように頷いて、自ずから懐に俺を導いた。 うなじが見える。腹もすぐ傍にある。 幾ら密着している状態が、逆に殺しにくいものだとしても――流石にこの距離ならば。 殺すことに、不可能はない。 「死って、言うのはさ」 隣から女の声がする。 「招いてるときはそっぽ向いてるのに、こっちが遠ざけようとすると優しく抱擁をする」 刃渡みたいだね―― 「何がだ」 「天邪鬼なんだよ」 女の笑い声が聞こえた。 何かを確信しているようで、苛立たしい。 嘯かれているような不快感。 「そろそろいいよ――殺しても」 そしてそれは確かに真実で、確かに女は欺いていた。 俺が女を欺くのと同様に。 そしてそれよりも――深く。 「刃渡は、殺し屋なんでしょう」 依頼人が、何を思い女を殺せと命ずるのかは知らない。 それは知らなくてもいい事だ。 ただ、女は――同様の理由で、幾度も命を奪われかけたのだと、言った。 「5歳の誕生日、誘拐されそうになった。10歳の誕生日、毒を盛られた。15歳の誕生日、首を絞められた」 だから。 「だから――殺した」 女が殺したわけではない。女にそれほどの力はない。 ただ、女の周りにうごめく力達が――悉く。 「私はもう死にたい」 女の声がする。 「もう私の周りには何もない――もう死ねる。やっと死ねる。ようやく死ねる」 女は一際強く俺を抱きしめると、さらりと身体を離した。 月光。月明かりの元でしか会わぬ己ら。 女の顔は青白い。いや、錯覚なのか。分からない。 「殺してください」 「・・・・・・ああ」 女の細い首に手をかける。震えが感じられ、そして悟る。 死にたいなど詭弁だ。この程度すら欺けぬ、女の弱さが疎ましい。 女は再び俺を抱く。己が腕の中に、俺を抱く。 俺は再び女の首に、 「手前――何だ」 「やっと聞いた。と言うのよ、刃渡」 軽い音がして首が折れた。 一瞬だった。当たり前だ、己がそうした。 「はっ」 死にたくなかったのだろう。 そう思った。 「俺が死の様なら、貴様は死そのものだ」 折れた女の首を支えるように、女を抱きしめた。 後ろに回る手が重い。思いやる手つきではない。今の女に思いなどない。 俺の腕の中の死が、微笑んだ気がした。 あわせて、女の腕の中の俺は、幾許が振りに笑った。 * * * 目の前の男が何やらまくし立てる。 頬は上気し、実に恍惚とした表情である。 嬉しいのだろう。 やれあの女はしぶとかった死んでくれて万々歳、これで己は安泰だ、金がどうだ有難いだか無意味な言葉を羅列。 無意味に耐えられたのはあの女だったからなのだ。 当たり前だ。 「煩い」 「へ」 そして男は物言わぬ骸と化す。 これで己が女を殺した意味は、永遠に喪失された。 ああ――だから。 死を抱きて、今日も。 |