うん、こんな事言うのは君が死んでるから何だけど、僕は君がすきだったよ。



獣は血に飢えている。人間だって血に餓えている。ならば人の定義はなんだ。



1. 獣 は 死 の 花 の 名 前 を 

 

(零崎×石凪)





匂宮が人を殺すのは、仕事だから。

闇口が人を殺すのは、誰かのため。

薄野が人を殺すのは、正義ゆえに。

墓森が人を殺すのは、人々のため。

天吹が人を殺すのは、美意識ゆえ。

石凪が人を殺すのは、運命だから。







ならば零崎は何故殺す?








「何しに来たんだよ・・・・・・死神」
「ご挨拶ですね殺人鬼。鬼風情が神に何を言うの」
「お前が神? かはは……傑作だ。ならそのカミサマ何故鬼を創ったのか、是非とも教えてくれよ」
「さあ。創る方は専門外です。私達は排除役だから」
「刀引っさげて卍解でもするのかよ? それとも黒いノートでも落として回るか?」
「・・・・・・貴方、最近兄上に似てきたんじゃなくて?」
「・・・・・・勘弁してくれ」



黒衣の少女は御伽噺宜しく、デスサイズにて空を切る。
白髪の少年は昔のロマンス映画宜しく、少女の唇を奪った。

どことなく苦い味が口内に広がった。




「お前何しに来たんだよ」
「先程からそればかりですねえ・・・・・・そんなに私の事が嫌い?」
「好きだと思ってんならかなり傑作だあな」





それもその通り。そんな風に少女は同意を示すと、血のように赤い唇を吊り上げる。





「死神が訪れるのは、死期が迫った時と相場が決まっていますわ」





「・・・・・・はあ。死期ねえ」


殺しても死なない男を自称してんだがな――と鬼は呟いた。



「まあ、いいのですけれど。呪い名にはご注意なさい」




最後の最後についでのように、さらりと彼女は言ってのける。




「呪い名ァ?何で」
「さあ。自分で考えなさい――神はそこまで親切ではないのです」
「はっ・・・・・・んなこと零崎に成った瞬間からしってんよ」



少年は自嘲的とも取れる微笑を浮かべた。


少女は――楽しそうに、闇に溶ける。






* * *









今まで週一で訪れていた、彼女の訪問がなくなった。
別にどうというわけでもないのだけれど――今まであったものが突然なくなるというのは、なんだか気味が悪い。
嵐の前の、静けさのようだ。





「・・・・・・お前」






雨の日、である。
神と鬼は、再び対峙した。







「・・・寄らないで、いただけますか」




黒衣の少女は壁にもたれかかるようにして――口の端から血を流しながら、死にかけていた。
これが――死。




「おい」
「寄らないで下さいな」




デスサイズの鎌が――はっきりと少年に向けられる。しかしその弱った片腕では、支えるので手一杯と言った風情だった。勿論、振ることなど出来様もない。




「感染りますから――寄るな」
「お前、それ、まさか」







死期。口付け。呪い名。感染。




――感染血統奇野師団。







「何、で」
「これは罰です」
「ば、つ?」
「運命に逆らうものを廃す身の上で――運命を変えた罰なのです」





がくん、とまた肩が落ちる。





「かくして、神は人へと堕ちるに至り――」




まるで芝居がかった口調だった。その死にかけすらも、芝居だと言い出しそうに。




「人は鬼に恋をする」






「なあ、おい」





白髪の少年は、鎌を手であっさりと避けると、近づきながら問い始めた。
彼の顔には、こわばったような微笑が、張り付いたまま。





「神が人になるには堕ちればいいんだろうよ――なら、鬼が人になるにはどうすればいい」






人となった少女は、少しだけ考えてから、茶目っ気たっぷりに笑った。




「・・・・・・名前を、呼べば」





聞いた少年も――犯しそうに、呟いた。






「人識」





からん。妙に軽い音がして、死神の鎌が手から落ちた。






「神の名の下に――認めますわ」






目が、閉じられる。







「貴方は人間、で」
「お前もう神じゃないんだろーが」






返事はなかった。





堕ちた神は――地に叩きつけられ。
成った鬼は――血に染まり行く。








零崎は――鬼であるために殺すのだ。
鬼と言う名の、獣であるために。
獣であれば、この良くわからない衝動も、全て殺意に変換されるだろうから。

















デスサイズを叩き壊す。こんなもの――人間には、必要ない。
ああ、だけど。





「ひっ」






後ろから声がした。どうやら、一般人らしかった。
人識は、極上の笑みを浮かべて振り返る。





「お。何処の誰だかしらねーが、丁度いいところに来てくれたじゃねえか」
「あ、あの」
「こいつ運ばねえといけねえんだ。肩貸してくれ」
「あ、はい」





一般人は、少女をケガ人だと判じたらしい。善良そうな、頭をスポーツ狩りにした男だった。
男が、人識の向こうの少女に近づき、









「え」










男は只の肉塊となり、少年の隣に転がった。





「なあ、――」





少年は、自分の為に人へと堕ちた少女の名前を再び呼んだ。







「やっぱお前あん時だけ神ですってずるいだろ。それにな」






少女の形をした、肉塊に向かって








「お前が居ねーのに、一人だけ人間になって何の意味があるんだよ」













獣はゆっくりと、口付けた。