獣は血に飢えている。人間だって血に餓えている。ならば人の定義はなんだ。 1. 獣 は 死 の 花 の 名 前 を (零崎×石凪) 匂宮が人を殺すのは、仕事だから。 闇口が人を殺すのは、誰かのため。 薄野が人を殺すのは、正義ゆえに。 墓森が人を殺すのは、人々のため。 天吹が人を殺すのは、美意識ゆえ。 石凪が人を殺すのは、運命だから。 ならば零崎は何故殺す? 「何しに来たんだよ・・・・・・死神」 「ご挨拶ですね殺人鬼。鬼風情が神に何を言うの」 「お前が神? かはは……傑作だ。ならそのカミサマ何故鬼を創ったのか、是非とも教えてくれよ」 「さあ。創る方は専門外です。私達は排除役だから」 「刀引っさげて卍解でもするのかよ? それとも黒いノートでも落として回るか?」 「・・・・・・貴方、最近兄上に似てきたんじゃなくて?」 「・・・・・・勘弁してくれ」 黒衣の少女は御伽噺宜しく、デスサイズにて空を切る。 白髪の少年は昔のロマンス映画宜しく、少女の唇を奪った。 どことなく苦い味が口内に広がった。 「お前何しに来たんだよ」 「先程からそればかりですねえ・・・・・・そんなに私の事が嫌い?」 「好きだと思ってんならかなり傑作だあな」 それもその通り。そんな風に少女は同意を示すと、血のように赤い唇を吊り上げる。 「死神が訪れるのは、死期が迫った時と相場が決まっていますわ」 「・・・・・・はあ。死期ねえ」 殺しても死なない男を自称してんだがな――と鬼は呟いた。 「まあ、いいのですけれど。呪い名にはご注意なさい」 最後の最後についでのように、さらりと彼女は言ってのける。 「呪い名ァ?何で」 「さあ。自分で考えなさい――神はそこまで親切ではないのです」 「はっ・・・・・・んなこと零崎に成った瞬間からしってんよ」 少年は自嘲的とも取れる微笑を浮かべた。 少女は――楽しそうに、闇に溶ける。
今まで週一で訪れていた、彼女の訪問がなくなった。 別にどうというわけでもないのだけれど――今まであったものが突然なくなるというのは、なんだか気味が悪い。 嵐の前の、静けさのようだ。 「・・・・・・お前」 雨の日、である。 神と鬼は、再び対峙した。 「・・・寄らないで、いただけますか」 黒衣の少女は壁にもたれかかるようにして――口の端から血を流しながら、死にかけていた。 これが――死。 「おい」 「寄らないで下さいな」 デスサイズの鎌が――はっきりと少年に向けられる。しかしその弱った片腕では、支えるので手一杯と言った風情だった。勿論、振ることなど出来様もない。 「感染りますから――寄るな」 「お前、それ、まさか」 死期。口付け。呪い名。感染。 ――感染血統奇野師団。 「何、で」 「これは罰です」 「ば、つ?」 「運命に逆らうものを廃す身の上で――運命を変えた罰なのです」 がくん、とまた肩が落ちる。 「かくして、神は人へと堕ちるに至り――」 まるで芝居がかった口調だった。その死にかけすらも、芝居だと言い出しそうに。 「人は鬼に恋をする」 「なあ、おい」 白髪の少年は、鎌を手であっさりと避けると、近づきながら問い始めた。 彼の顔には、こわばったような微笑が、張り付いたまま。 「神が人になるには堕ちればいいんだろうよ――なら、鬼が人になるにはどうすればいい」 人となった少女は、少しだけ考えてから、茶目っ気たっぷりに笑った。 「・・・・・・名前を、呼べば」 聞いた少年も――犯しそうに、呟いた。 「」 「人識」 からん。妙に軽い音がして、死神の鎌が手から落ちた。 「神の名の下に――認めますわ」 目が、閉じられる。 「貴方は人間、で」 「お前もう神じゃないんだろーが」 返事はなかった。 堕ちた神は――地に叩きつけられ。 成った鬼は――血に染まり行く。 零崎は――鬼であるために殺すのだ。 鬼と言う名の、獣であるために。 獣であれば、この良くわからない衝動も、全て殺意に変換されるだろうから。 「」 デスサイズを叩き壊す。こんなもの――人間には、必要ない。 ああ、だけど。 「ひっ」 後ろから声がした。どうやら、一般人らしかった。 人識は、極上の笑みを浮かべて振り返る。 「お。何処の誰だかしらねーが、丁度いいところに来てくれたじゃねえか」 「あ、あの」 「こいつ運ばねえといけねえんだ。肩貸してくれ」 「あ、はい」 一般人は、少女をケガ人だと判じたらしい。善良そうな、頭をスポーツ狩りにした男だった。 男が、人識の向こうの少女に近づき、 「え」 男は只の肉塊となり、少年の隣に転がった。 「なあ、――」 少年は、自分の為に人へと堕ちた少女の名前を再び呼んだ。 「やっぱお前あん時だけ神ですってずるいだろ。それにな」 少女の形をした、肉塊に向かって 「お前が居ねーのに、一人だけ人間になって何の意味があるんだよ」 獣はゆっくりと、口付けた。 |