「ピアノ弾いてくれよ」 赤い少女はお願いするような体裁で命令して、グランドピアノにかけていた体重を移動させる。少女が歩き出すと、パーティドレスのような服のフリルが揺れた。それをぼんやりと眺めながら、曲識は「ああ」とピアノへと腰掛けた。立てかけられていた自作の楽譜をぱらぱらとめくり、「リクエストは、」と後ろを振り返った所で、少女が眼前にいる事に気がついた。 少女の整った顔は似合わない混乱を引き起こし、音楽家の繊細な指先から楽譜が零れる。 「あ――」 グランドピアノの下に入り込んだ楽譜を追って、椅子から下りる。自らのまだ幼く小さな肢体をピアノの下にもぐりこませ、楽譜を拾おうとする。その隙に乱れた動悸も落ち着けようとしていたのだが。 「なーにやってんだよ、お前」 「!」 同じようにピアノの下にもぐりこんだ少女と鉢合わせした。 「ほら、早く拾え。このあたしがお前のピアノ聞きたいって言ってんだぞ」 「ああ――光栄だな」 「そうだろ。わかったら早く拾えよ」 自らも散らばった楽譜をかき集めつつ、少女は言う。それからふと上を見上げて、天井代わりの黒を見つめた。 「ははっ……秘密基地みたいだ」 純粋に笑って、「そう思わねえか」と曲識に同意を求める。 「そうだな――悪くない」 「まあ、あたしとお前の愛の巣ってとこかな、ここは」 冗談めかした口調に、返答は無かった。顔を突き合わせている状態の少年と少女。少女はつまらなさそうに、言った。 「何だよー喜べよー無反応だと寂しくなっちゃうぜー」 「ああ、そうか」 その距離、三センチほど。互いの吐息がかかる距離。 ちゅ、と鳴らしたような音がして、それから二人はピアノの下から抜け出した。 「折角楽譜を拾ってもらったところだが――今、曲が出来た」 「ん? ああ、そうか――なら存分に聞かせてくれよ、あたしが最初の客って訳だ」 「君はいつでも、最初の客だ」 「そりゃどうも」 そしてまあ――当然のように。 少年が弾き鳴らしたピアノ、曲名――『秘密基地』。 ロメン・フォルティッシモ |