「少し――大変何だ、軋識君」


即急な解決が必要だと思う、と双識は何気なく言って、しかしその何気なさが、返って真剣みを際立たせているような気がした。体は壁に預け、体力を回復させながら、問う。この手の危険事項には双識の方が敏感なのはとっくに理解していた。


「何だ、双識。何があった?」


または、何があろうとしているのか。家族の事か、敵の事か、戦争の事か。双識は赤い瞳をこちらに決して向けないままに、言う。





「軋識君は、破けない服を着るべきだよ」


家族の事でも敵の事でも、ましてや戦争の事でもなんでもない言葉に、沈黙する。

意味がわからない。



「……どういう事だ?」
「いや、何ていうかさ、その破れた服から見える肉体って言うか地肌っていうかむしろ腹が、こう」



見てるとムラムラするんだ、と双識は言った。ざっと百メートルほど引こうとして、壁に体を密着させるだけの結果になる。



「そう引かないでくれよ。俺だって驚いてるんだよ。同性に抱いていい感情はモエモエまでじゃないか?」
「いや、モエモエもどうかと思うがつーかモエモエってなんだとかそんな事はとりあえずどうでもいいとして、お前がさっきからこっちを向かないのは向くとやばいからなのか。そうなんだな」
「その通りだよ。実はさっきからそっちを向きたくてしょうがない」
「向くなよ! 絶対向くなよ!」
「わかってるよ。だからね、軋識君。君は破れない服を開発するべきだと、そう言っているんだ」
「いや、お前は俺をなんだと思ってるんだ……? お前が我慢すればいいだけの事だろうが」
「甘いな。軋識君は問題は俺にあると見てるようだけど、それは違うと思うよ。問題は軋識君にある。ここに断言してもいいが、そのままの格好を持続するなら、必ず第二、第三の零崎双識が出てくるとみて間違いはない」
「第二第三のお前とか嫌過ぎる……!」
「失礼だな、それは。とりあえず今君がすべきは、その服をどうにかまともな服にする事だよ」
「……まあ、例えお前の助言に従うとしても……今新しい服を調達する余裕なんざねえだろうが」
「それは確かにそうだな。うん、なら俺の服と交換すればいいよ。血はついてるけど破れてはいないからね」
「いや……そこまでした方がいいのか……?」
「襲われてから後悔しても遅いと思うけどね。ほら、脱げよ軋識君。服を変えよう」
「あ……いや……?」
「ほら、さっさと脱げばいいじゃないか!」
「ちょっと待てお前ただ脱がしたいだけなんじゃないかこの変態!」
「……密室……二人きり……破れた服……」
「意味深な言葉を連呼するな!」
「生命の危機を感じた時、生物は子孫を残そうとして性欲が増大するそうだよ」
「意味深な薀蓄を披露するな!」
「じゃあ頼むよ。舐めるだけ!」
「ここでハグだけとかキスだけとか言えねえのがお前の変態たる所以だと気付けよ! 舐めるだけってそれかなり許してるじゃねえか!」
「馬鹿だなあ軋識君は! ハグもキスもそんなの許可貰わずにやるよ!」
「堂々と言えば許されるとか思ってんな! ああ畜生早く来やがれ曲識―っ!」
「曲識君がくれば解決するとは限らないけどね? むしろ解決するのか、って感じだけど」



がしり、と肩を何者かにつかまれた。
いや、何者かって、双識しかいないのだが。



「じゃあとりあえず、キスから行っておこうか軋識君」
「おい双識!? 冗談だよな双識! こんな大変な時期にそんな馬鹿なことマジで思ってるわけじゃねえよな! 冗談ならまだ許してやるからちょっやめ……っ!」



とりあえず。
次の戦闘からは服を破かないようにしようと思う余裕が出来たのは、満身創痍で双識を殴り倒した後の事。


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