「姫様。何をなさっておられるのですか」
「ん? ああ、生けてた花が何本か悪くなって来てるから詰んでるだけよ」
「私が変わりましょうか」
「いらない。あんたと花の組み合わせって何か気持ち悪いもの」
「…………」

鋏で茎をを切る、小さな音が響く。
否定姫は一通り悪くなった花を切り落とすと、残りを見て少し首を傾げた。

「均衡が取れてないわね」

そう一人ごちて、またしばらく考え―― 一本、花を切り落とした。
それで満足したのだろうか、笑みを浮かべて頷いてみせる。
まだまだ若々しいその花を拾い上げると、翳す様に右衛門左衛門に振り向いた。
束の間、眩い頭髪が宙を舞う。

「……予想に違わず気持ち悪いわ」
「申し訳有りません」

否定姫は相変わらず考えるようにしながら手元の花を見つめ続け、それからその花弁をつまんだ。
彼女の細い指が僅かに引かれると、いとも容易く散ってしまう。
しかしそれに何を感じるという訳でも無さそうに、全て散らしてしまった。

絢爛な着物に、白い花弁が纏わりつく。


「見なさい、右衛門左衛門」


そう言って彼女が掲げたのは、小さく歪な球体。

「これは何?」
「……種子、でしょうか」
「そうよ。花の種」

そこで楽しそうにけらけらと笑って、そのまま舌を突き出す。
真意を計る前に、種を舌に乗せて唇まで巻き取った。


「!? 姫さま、お止めくださ――」
「嫌よ。止めさせたいなら止めさせてみたら?」

一歩踏み出そうとして停止する男を、さもおかしそうに見つめた。


「――体に触ります。お止め下さい」
「意気地なし」


結局手を出さず、口頭での静止に留まった男に対して呟く。

男の傍まで緩慢な動作で移動すると、顔を近付けて挑発するように――否、扇情するように舌を出した。
その上には、唾液に塗れた小さな種。
見せ付けるようにしてから一旦舌を戻し、言葉を発する。


「取らないわけね」
「……っ」
「次取らなかったら、飲み込むから」
「姫さま……!?」


んべ、と再び赤い舌が除く。
恐る恐ると言った風情で、男の手がその上の種子へと伸びた。

「!?」

瞬間、女の手が男の顔へと向かい、指を唇に当てて抉じ開ける。
主君の指を噛むわけにもいかず、緩い動きだけで男の口が弛緩して。

「ん……っ」

先刻まで晒されていた赤が、内部に侵食した。
一瞬からませるような動きをした彼女の舌は直ぐに抜き取られ、口内に僅かな異物感が残る。
吐き出そうとしたところで喉を押さえられ「呑みなさい」と命令されれば抗う道は無かった。
幾ら小さいと形容したところで、呑みこむには少々大きい種子をゆっくりと飲下す。

否定姫は自分の唇を指でふき取るようになぞってから、ぽつりと「花って栄養があれば体内でも咲くものなのかしらねえ」と呟いた。

「だったら良いわね、右衛門左衛門」
「どのような意味でしょうか」
「だったらあんた、花に犯されて死ぬのよ?」

何処かの国の御伽草子にあったわよね、そんな話、とやけに無邪気な言葉。
内臓の位置でも確認するように、右衛門左衛門の胸板を触る。


「あんたの中で花が咲いたら、とっても面白いのに」

それであんたが死んだら私はその花びら食べてあげるわ――けらけらと、笑う女。


「ああ、でもそんな事したら喉につまらせて死んでしまうかしら? だったら傑作よね、」
「何がでしょう」
「あんたの所為で私が死ぬならそれって何より酷いあんたの存在否定じゃない?」


己の体についていた花弁をつまむと、それを軽く食む否定姫。

「……止めて、ください――姫さま」

今度は躊躇なく、右衛門左衛門はそれを手で阻んだ。