「えーそれでは、ドキッ☆頭領だらけのTHE給料争奪戦〜血で血を洗え☆大乱闘〜を始める」
「鳳凰どの」


いつもどおりの口調で言った鳳凰に向かって、蝶々が手を挙げた。
鳳凰はそちらに顔を向けると、指差して名前を呼ぶ。



「はい、蝶々」
「はい、じゃねえよ! なんだこのふざけた題名は! ていうかなんだこのふざけた企画は! いかにも『わ〜い今年もやってきたね』みたいな言い方してんじゃねえよ! 俺は初耳だよこんな企画! ☆って使いすぎんな逆効果だよ! てかTHEって何で真庭の里なのに異国語? 語呂悪いよ! 後副題が……ってどこからつっこめばいいかわかんねえじゃねえかよ!

「蝶々……立派になったな」
「たぶん蟷螂さんのお陰ですよ」
「そうか?」



蜜蜂の真意を知らず、蟷螂は少し照れたように視線を反らした。
蝙蝠はおかしそうに笑う。


「きゃはきゃは、そういきなり体力使うなよ蝶々。後できついぜ」
「……その平然とした様子から察するに、発案はあんただな? 蝙蝠どの」
「んにゃ。おれと白鷺もだよん」
「どけーねてし案発に別俺」
「え、ちょ、何だその突然の裏切り」



うろたえた様子の川獺にも平然としている白鷺。かなり不機嫌そうである。



「いいじゃないの蝶々。あたしも今はじめて聞いたけど、楽しそうよん」
「まず題名からして怪しいんだが……なんだ給料争奪戦って」
「この間入った依頼料の配分を決める。随分儲かったからな、あれは」
「あーなるほどこの前のーってアホか! あれ俺が頑張ってやってきた仕事じゃねえかよ! なんで問答無用で同スタートの争奪戦になってんだ! 今まで実行者優先的にもらえたじゃねえか! クイズ番組の最後で『では、次の問題の正解者が優勝です』とか言うぐらい興ざめだよ! そりゃ『今までのなんだったんだよ!』って言いたくなるよ!」




そこまで言ってはっとする蝶々。




「……あれ? 何で俺今くいず番組とか言ってんだ? てかくいず番組ってなんだ?」
「すげー蝶々。つっこみの力が時代を超えた」




ぱちぱちと、蝙蝠はやる気のない拍手をする。




「たまには……こういう……頭領同士の……力を競わせる……行事が必要だ……と言われたし……それは……そのとおり……だろう」




言葉の節々で団子を食べながら鳳凰が言った。
拳を振るわせる蝶々。小柄な拳法家の背景には憤怒の炎が見えた。





「それ賄賂か? 賄賂だよな? 頼むから少し隠してくれよ!
「蝶々……気持ちは分かるが仕方ないだろう。里の決定だ」
「そうですよ蝶々さん」
「あれ? もしかして俺四面楚歌?」




蝶々は全員を見回す。


「……あんたら何か裏があんな? 言ってみろ」





蝙蝠がまず手を挙げた。




「この前壊しちまった里の防壁直したい」
「ちょっと待て今もしかして防壁壊れっぱなし? 大丈夫なのか俺ら」




次に川獺。




「右に同じ」
「そうだろうなあ……」





蝶々は肩を落とした。狂犬が手を挙げる。




「訓練でやりすぎちゃって、治療費が足りないのよ」
「やりすぎちゃったって……何人やった?」
「ざっと五百人ほど。てへっ」
「てへっじゃねえよ! それ言えば何でも許されるとか思ってんな! って多すぎだろ幾ら何でも! 思わずつっこみどころ外したけど、頼むから途中で気付いてくれよ。あれーこのまま行ったらヤバいよね? とか思ってくれよ! 今まで経験したどの里の危機よりも悲惨じゃねえか



狂犬は蝶々の肩に手を置いた。

「……蝶々。仲間は確かに大切よ――だけどね、どうしようもない事はある。それが分かればあんたも一人前だわ」
「狂犬どの……俺にはわからねえ。いや……たぶんわからないんじゃなくて、わかりたくないんだろうな――じゃねえよマジでわかんねえよ! 確かにわかりたくもないけどな! シリアスモードで正当化するな! なんかありがちな台詞で誤魔化そうとしたろ! てかあんた仲間思いな設定だろうが!」
「まあまあ」




とりなすように入ってくる喰鮫。蝶々は肩で息をしている。




「四番魚組真庭喰鮫。最近里のいたるところを血で汚しすぎましたので、清掃代を」
一人で雑巾がけでもやってろ!





修羅の如きつっこみだった。喰鮫はにこにこと笑ったままである。
続いて、気軽に手を挙げる海亀。





「同じく五番魚組真庭海亀」
「ちょっと待てその番号つけるの定着させんのか? 歌合戦じゃねえんだぞ?」
「うるさいのう。ったく最近の若いもんは」
「……これだから最近の年寄りは」






無言で、刀に手をかける海亀。それをそっと諌める喰鮫。






「ほら、ちゃんと言わなきゃ駄目ですよ」
「喰鮫、今何気に馬鹿にしとるじゃろ? 何じゃ今のボケ老人に対する扱い。最後に『おじいちゃん♪』つけても全然違和感がないぞ」
「気のせいですよおじいちゃ……あ、失礼
「なあわし怒っていいか? あ、って言うの遅すぎじゃろ。明らかに」
「違います。おじいチャーミングって言おうとしたんです」
「何じゃその造語」
「造語じゃありません。おじい、チャーミングで真ん中で助詞の『は』が抜けてるんです」
「チャーミングって言えばなんでも許されると思うなよ。おじいって時点で老人扱いしとるじゃないか」
「まあまあ、とにかく言ってください」





喰鮫を睨みつけてから、海亀は蝶々に向き直った。




「最近腰が痛いから「あんたそろそろ引退したらどうだ?」





皆まで言わせなかった。





「てか剣士が腰痛ってどうなんだよ」
「ふん。拳士が腰痛よりマシじゃわい」
「まず俺は腰痛じゃないのが一つ、言葉だけで聞いたら剣士も拳士もわけわかんねえのが二つだ」





にらみ合う二人を止めるように、人鳥が手を挙げた。





「え、えと……六番人鳥」
「だから番号言わなくていいって」
「あ、は、はい。ぼ僕は……最近花壇の花が、妙に荒らされてるから……」





後ろで真庭獣組の「あ、やべえおれこの前花壇に落ちた」「おいおい、蝙蝠極悪人じゃねえか」「あれ? 確かあんたも花壇で寝てなかった、川獺?」「きゃはきゃは、それおれだよ」「お前何やってんだよ!」「花か……あれ意外とおいしいのよね」「「マジで?」」という一連のやり取りを聞いて、蝶々は怒りを噛み殺すようにゆっくりと振り返った。





「お前ら人鳥に謝りやがれ」
「蝶々キャラ壊れて「謝れ、な?」





尋常ならざるオーラを感じ取ったのか、三人は素直に頭を下げた。






「「「ごめんなさい」」」







「後花壇も元通りにしろよ」
「あれ? 今思ったけどおれ悪くないよな?」
「「れんたーいせきにーん」」
「うわーその言い方マジムカつくー」





蝶々は回れ右をして、人鳥の肩に手を置いた。
優しい笑顔だった。






「これで人鳥は問題ないな?」
「は、はい。ありがとうございます……」





人鳥は照れたようにそう言うと、にっこりと笑った。





「ぼ、僕がゆ、ゆゆ、優勝したら……ちゃんと蝶々さまに、分けますね」
「あれ? 止める方向には動いてくれないんだね?」






諦めるようにそう呟くと、蝶々は仲間の方を向いた。





「蟷螂どの……?」
「最近調理道具の消耗が激しいから」
「あんた何時の間に主夫になったんだよ!」





蜜蜂がゆっくりと、申し訳無さそうに笑ってから手を挙げる。






「僕、最近撒菱が凄く傷んできてて……新しいの欲しいんです」
「……まあ、それならわかるけど。別に普通に分配したって買えるよな?





鳥組の方を見る蝶々。





「鷺白」





白鷺はやる気のなさそうに手を挙げた。





「いし欲金」
「今までで一番駄目な答えだよそれ!」
「々蝶ぜい甘……っくっくっく」
「ん?」





ふらりとひっくり返ると、力なく親指を立てる白鷺。





「俺は餓えて死にそうだ」
「誰だこうなるまで放っといたの」




「昨日白鷺の夕飯横取りしましたね」
「昨日の昼食はおれがとった」
「おれ朝食ー」
「そういえば白鷺は一昨日帰ってきたばっかりよね?」


「何で任務帰りでぼろぼろの奴の飯とるんだよ!」


「いえ珍しく大人しかったから、元に戻って欲しくって」
「愛情が裏目に出たな、うん」
「おれ魚好物なんだよなー」


「もういいよ……蟷螂どの、白鷺どのに何か作ってやってくれ」
「分かった」
「……ぜるす謝感でジマ」



退場していく蟷螂と白鷺を眼で追ってから、蝶々は最後の一人に目をやった。






「わたくしは」





話し始めた鴛鴦を見て、どうしてか蝶々の頭の中には「ブルータスお前もか」と言う台詞が浮かんできた。言葉に出す前に、「ぶるーたす」って誰だよ! という自制の声が聞こえたので言わないけど。





「家の……雨漏りが酷くって」
「………………」






なんてつっこめばいいかわからなかった。流れ的に何か言わなければならない。しかし相手は鴛鴦だ。しかも内容は割と切実だ。蝶々は、色々考えた末――





「蝶々さん!?」





倒れた。
慌てて身体を支える蜜蜂に向かって、呟く。




「蜜蜂……俺、なんかもう疲れちまったよ」
「駄目ですよ蝶々さん! 寝たら死にます!」
「でも俺今なんか良い気持ちなんだよ……パトラ「駄目駄目それアウトですっ!」




そこで再びはっと気がつく蝶々。
何か思い当たることがあったのか、立ち上がって鳳凰の方へ向いた。
鳳凰は既に団子を食べ終わっていて、随分幸せそうである。




「鳳凰どの」
「なんだ蝶々」
「喰鮫どのの清掃費はともかく」





指を折るようにしながら思い出す。





「防壁の修理費、仲間の治療費、花壇の修復代、調理道具の買替代に武器の補充費、家の修復費とか――」





そこで顔を上げた。





「それ全部必要経費じゃねえか?」
「………………」
「場合によっちゃ、白鷺どのの回復費用もそうだよな……」




鳳凰は答えない。




「もしかして真庭の経費用の金、底つきてんのか?」





ゆっくりと口を開く鳳凰。






「ja」






だから何で外国語!? 流行ってんのか! あんたの中で流行ってんのか!」





とりあえずそうやってつっこんでから、一度息を整えて蝶々は言った。






「……そういうことなら、わざわざ争奪戦なんかしなくてもよ、今回の分全部経費に当てればいいじゃねえか」






その言葉を考え込む一同。喰鮫が代表して聞く。




「え? 蝶々いいのですか。それは」
「わかってるよ……だが俺が我侭言ってる場合じゃねえだろ」
「蝶々……」





狂犬は感極まった顔で、大きく両手を開きながら近づいてくる。
蝶々は身の危険を感じて避けようとするが――





「あんたいい奴っ!」
「ぐぇっ!」





間に合わなかった。蛙が潰れた様な声がした。




「よし! 蝶々胴上げで」
「いよっ男前!」
「日本一!」



まあ、とりあえず。
この時代はこのやり取りがそこまで古くなかったということで。




「って蝶々お前忍法足軽使うなよ! 軽すぎて情緒がねえ」
「使ってねえよ! 俺の忍法歩法だから足使ってないと使えないに決まってんだろ!」
「え、もしかしてあんた普通にこの軽さ? 何それ腹立つ」
「うるせえ! 気にしてんだからほっとけ!」







元気に跳ね回る皆を見ながら、人鳥が呟く。







「鳳凰さま」
「なんだ人鳥」
「そ、そのお団子……経費で買いましたよね?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」






鳳凰は立ち上がると、手を二回叩いた。






「よし。今日は我のおごりで宴会だ」
「うっわ鳳凰マジで! 太っ腹―」







更に盛り上がりだす皆を尻目に鳳凰が元の場所に戻ってくる。







「…………鳳凰さま」
「…………なんだ人鳥」
「僕お酒はちょっと……」







真庭の里は平和だった。