「戸惑ってるな? 戸惑ってるよな? 会えて嬉しいぜマイハニーぐらい言えねえのかてめえは!」 からかう様な笑顔の後に、突然激昂しだす女。 髪の毛は切ったらしい。身長も随分伸びた。顔つきも大人びている。もはや小娘とは呼べないだろう。 なんというか。 白髪で顔面に刺青をして終始笑顔で意図不明な少年の顔が思い出された。 似ているのかもしれない。いやしかし、どちらかと言うと相性の悪い似方だった。 「返事しやがれこのボケ!」 「あ、はあ?」 何を言えばいいのか分からなかった。 粛清の帰り道、のんびりと余韻に浸りながら歩いていたら、そんなこちらの雰囲気など物ともしない真っ赤なコブラが隣に止まり、その運転手たる女に声をかけられたまでである。 一体何を言えと言うのか。 「久しぶり――だな」 とりあえず言ってみたら、「普通に応待すんじゃねえ」と蹴られた。 横暴だ。変わらない。 「大体なんでてめえはまた身長伸びてんだ? いい歳して成長期か! てめえに会ったら何て言って馬鹿にしてやろうと考えたあたしの時間返せこの野郎! 滅茶苦茶格好悪いじゃねえか!」 「お前だって十分高いだろうが。大体それ暴露しなかったら大して格好悪くないじゃねえか」 しかも自業自得というか、軋識の所為にされてもただの責任転嫁である。 真っ赤なスーツに身を包んだ女は、仕方がないという風に大げさに首を振った。 「しゃあねえな。許してやるよ。で、あんた。零崎軋識?」 「ああ?それが」 どうかしたのか、と言う前に殴られる。 「まだ途中なんだよ口挟むな! 京都連続通り魔事件の犯人はお前かって聞きてえんだこっちは!」 どうやら――テンション確保の方法が、怒りに変換されているらしい。昔より厄介かもしれない。 しかし――なんだ? 京都連続通り魔? 「俺じゃねえよ。しかし潤、それは――」 「なんだあんたじゃねえのか。ならいんだよ。じゃな」 「ちょ、ちょっと待て!」 京都連続通り魔――あれならたぶん、人識がやってると思う。 マインドレンデル――零崎双識もそんな予感がするといっていたし、現在所在不明の零崎で、あんな目立つことをするのはあいつぐらいだろう。 「お前――それ、追ってんのか」 「負ってるよ。仕事仕事。いやあね、犯人零崎某じゃねえかって話があったところで、丁度良く兄ちゃんを見つけて、丁度良く声をかけたんだよ。はん」 威張られた。何故威張る。 「ん? その様子だと知ってんのか? 知ってんだな? 誰だ教えやがれ」 「嫌だ」 「ああ? お前」 あたしに嫌だ何て通ると思ってんのかよ――と、物凄く楽しそうに、女は言った。 通らねえもんを通さねえといけない時があるんだよ――と、物凄く不機嫌に、自分は言った。 「俺は零崎だ」 一度、宣言するように言う。 「家族を狙ってるなら容赦しない」 例えそれが理解不能の可愛くない餓鬼だったとしても。見捨てるなんて出来ない。 例え相手が人類最強の赤い請負人だったとしても。見捨てるなら――零崎ではない。 「っひゅーコマすなあ兄ちゃん。一度でいいからそんな口説き文句、言われてみてえもんだぜ。大丈夫だよ安心しろよ――殺しはしねえよ。ただちょーっと話をするだけさ。ちょーっと」 その話をするのが極端に疲れるのである。 でもまあ・・・・・・それぐらい、あいつにはいい薬かもしれないが。 「まあ、幾ら温厚なあたしとしてもバイクで突っ込んでこられたり、ナイフで髪切られたりすりゃあ怒るかも知れねえけどな。大丈夫大丈夫。大人大人」 「ならいいんだがな・・・・・・」 軋識はまだ知らなかった。 人識がこの数週間後に、恐れ多くも人類最強をバイクで引いたり、散髪役を自ら引き受けたりする、軋識から見ればいかれているとしか思えない自己防衛を講じることを――知らなかった。 勿論人識を知らない哀川潤にも分かるわけがないから、この場はとりあえず、平穏である。 「んじゃマジで行くわ。縁があったらまた会おう、兄ちゃん」 「ああ。縁がないことを望んでる」 んだそれ寂しいなあと呟きつつ、哀川潤は颯爽とコブラで去っていった。 嵐だった。 哀川潤の噂は――始めてあったときよりも、よく聞こえるようになった。 会えば疲れるだけだけれど、たまにはこういう時間も悪くないかもしれないと、軋識は歩き出す。 歩き出したところで。 「っ!?」 物凄い勢いでバックしてくるコブラを、かろうじて避けた。 「おう兄ちゃんナイス反射神経」 「ナイスじゃねえ! 何してんだ!」 「そう怒んなよ寿命縮むぞ。言い忘れたことを思い出したんだよ」 「? 何だ」 寿命も何も今お前に殺されかけたという前に、問い返す。何か重要なことだろうか。 哀川潤は、真直ぐに俺を見つめていった。一瞬、緊張感が生まれる。 「愛してるぜ兄ちゃん」 期待した俺が馬鹿だった。 そんなくだらない冗談の為に俺は死にかけたのか。 「反応しろっつってんだろ馬鹿野郎。天下の哀川潤が告白してんだぞリアクションがあるだろうが!」 「分かった分かった。俺も愛してるから速くいけ」 手で払いのけるような仕草をすると、哀川潤は楽しそうに笑った。 「そうかそうか! これで相思相愛っつーわけだな!」 そんなことをいいつつ、物凄い力で引き込まれた。 コブラの助手席。文句を言う前に身の危険を感じ、慌てて外に出ようとするがもう遅い。 舌を噛みそうなスピードで、コブラが発射した。 今降りれば間違いなく死ぬ。 「おい潤。どういうことだ」 「いいじゃねえかよ。ドライブだドライブ」 「地獄への逃避行か」 「いいねえ。行ってみたいぜ地獄」 「地獄のほうはお前に来てほしくないだろうな・・・・・」 哀川潤は一際大きく笑って、スピードを上げた。 前言撤回だ。 たまにでもこんな時間は訪れてほしくないと、シートに身を沈めつつ軋識は思った。 |
艱難辛紅を我に与えよ
(綺麗な思い出としてとっておきたかったよ、なあ)