-2- 蝙蝠は漸く悟りました。 彼らは、自分の妙な格好も――仮装とやらの一種だと思っている様なのです。 何でも、今日のハロヰンと云う祭は、妖怪等の格好をして、家々を回り歩く物なのだと彼らは云いました。 「ま、本場はそうらしいんだが、何しろ此処は日本だからな。祭と来きゃあ出店だろってんで、こんな妙な事になってんだけどさ」 確かに、まるで夏祭りか何かの如く、出店が立ち並んでいます。 其の中を、妙な格好をした人間達が蠢いていました。 どの顔も、楽しそうでした。 蝙蝠は――久方ぶりに、胸が高鳴るのを、感じていました。 彼もまた、楽しかったのです。 「きゃはきゃは――なあ、良かったらさ」 「? 何だ」 「俺も一緒に、回ってもいいか? 一緒に来た友達と逸れちゃってさ」 正確に云えば、逃げて来たのですが。 少しだけ、好きな事をしたくなったのです。 自分が人間に見える――今日だけは。 人間達は、優しそうな笑顔で、其れを承諾してくれました。 「あ! あんた達!」 「狂犬」 見れば、奇抜な格好をした人間の女が右手を振って居ます。 左手には、籠を下げ、其の中には大量の菓子が入っているようでした。 「沢山貰ってきましたねえ」 「何云ってんのよ! こんなに貰う訳ないでしょ。此れは配ってんの」 走り寄って来た女は、其其に飴を渡しました。 「あら? あんたは?」 「祭に来たそうだ。友人と逸れたらしいから、共に周ろうかと思ってな」 「へえ。そう何だ……じゃ、此れ食べなさい!」 友達の分も、と女はどさどさと飴を蝙蝠に持たせました。 「あんた名前何て言うの?」 「蝙蝠――だけど」 「宜しく蝙蝠。楽しみなさいよ!」 元気良くそう言うと、女はまた去って行きました。 「そういや……名前、聞いてなかったな」 「あはは……忘れてましたね。僕は蜜蜂です。こちらは蝶々さんと――」 「蟷螂だ」 蟷螂は、貰った飴を銜えながら云いました。 蝙蝠も其れに倣って、飴を銜えます。 遠い昔に舐めた物よりも、ずっとずっと、甘い味がしました。 「美味しいですか?」 「甘い」 「……だな」 甘過ぎる飴は、何故だか。 今までで一番、美味しい味がしました。 * * * 「皆さんお揃いで」 「其の奇天烈な被り物は何だ……?」 「帽子の一種だそうです。歩いていたら頂きました」 「へえ……西洋には不思議な物があるんですね」 狂犬が立ち去ってから暫く、話をしながら四人が歩いて居た時です。 前髪を垂らした男が、唄う様な声で話しかけて来ました。 如何やら彼らには、知り合いが多い様です。 其れは少しだけ、羨ましい事でありました。 「おや――」 男はふと蝙蝠の方に視線をやると、目を細めました。 何かを見通す様に、目を細めました。 「珍しい事も有りますね」 「ん? 何だ喰鮫どの。知り合いなのか?」 「いえ、知っている訳では有りません。しかし――」 少し彼をお借りして構いませんか、と男は云います。 「? 如何云う事だ?」 「何も取って喰う訳では有りませんから、いいでしょう、いいでしょう、いいでしょう、いいでしょう」 「――俺はいいぜ、別に」 「ならば決まりですね」 男は身振りだけで蝙蝠に着いて来る様示すと、三人から、姿は見えても声は聞こえない程度に離れました。 「きゃはきゃは――で、何だよ」 「お初にお目にかかります――天狗様」 「っ!」 蝙蝠は目を見開きました。 視界には、微笑む喰鮫の顔のみが映っています。 「お、前――何で」 「人間にも天狗は見えるのです。見えるなら知らぬ筈も無いと、そうは思いませんか――思いませんか、思いませんか、思いませんか」 其処で喰鮫は方を竦めました。 「と云うのは冗句としまして。本当は、私も貴方とご同業だからなのですよ」 「同業?」 「尤も、少々位は劣りますがね――」 元は木霊と言うのですよ。 喰鮫は、そう呟きました。 「元は、って事は」 「そう。今は人間として暮らして居ります」 「そんな事――出来るのかよ」 「出来ますよ。見えるのですからね。見た目だって人と何等変りはしませんし」 ただし、と喰鮫は繋ぎます。 「捨てる覚悟が、有ればなのですが」 一瞬だけ――蝙蝠は混乱して。 次の瞬間に、ゆっくりと問いました。 「お前、山は?」 「捨てました。今は跡形も無いでしょうね」 |