「いいよ、行って来なよ。おねーさん」



僕の唇は突然、驚くべき言葉を口にした。
彼女は予想通り、疑問そうに首を傾げる。黒髪がさらりと外れてうなじが見える。




噛み付きたい。




そう思った。





「良いの、かなあ?」
「いいって。ぎゃはは、この僕が言ってるんだぜ? いいに決まってんじゃん」
「そっか。だって出夢だもんね」
「そうだよ僕は《人喰い》の出夢。匂宮兄妹の片割れ殺し担当キラーマン。僕がオッケイだせば大抵の事はいいんだよ」


「何それ」と言うと彼女は嬉しそうに笑った。笑って僕に「ありがとう」と言った。





僕はその瞬間、彼女を殺したくって、たまらなくなって。





「どーいたしまして?」




死の代わりに精一杯の笑顔を、彼女に送った。










(好きな奴の恋を応援すること)














「兄貴は好きだったんでしょ?」




理澄は相変わらずの純粋さで、僕の胸をえぐる事を言った。




「何が? 理澄の事なら大好きだぜ僕は」
「違うー! おねーさんのことだねっ」


そして可愛い可愛い妹は、僕の虚勢には引っかかってくれない。誤魔化されても、くれなかった。




「あたしは名探偵なんだねっ!だから簡単な推理だよ」
「へえ。さっすが理澄ー。可愛い奴」
「えへへっ嬉しいんだね・・・・・・じゃなくてっ!」



理澄は照れたように笑った後、急に意義を取り戻したように真面目な顔をした。



「あたしは兄貴が好きなんだねっ。だから兄貴には幸せになってもらいたいんだね!」
「僕は幸せだぜ」
「嘘なんだねっ! 好きな子にフられて喜んでたらマゾなんだねっ!」
「ちょっと待て誰だ理澄にマゾなんて言葉教えたの。大概あのおにーさんか狐さんだろよし待ってろ理澄」
「違う違う違う! 兄貴なんだねっ!」



そして頬を膨らませる。




「兄貴さっきから誤魔化そうとしてるんだね」
「ぎゃは、じゃあ兄から妹へのレクチャーだ。僕から理澄に教えられることなんて少ないんだけどなあ」





理澄は首を傾げた。





「自分と幸せになって欲しいってのは恋。相手が幸せならそれでいいってのが愛。そして僕のは愛。以上っ」
「むむっ恋と愛とは難しいテーマなんだねっ!」
「よし理澄考えろっ」
「ラジャなんだね!」



考え込む理澄。笑う僕。心で、泣く僕。
僕は最愛の妹に、初めて嘘を吐いた。










(自分を守るために嘘を吐くこと)













「ぎゃははは」





予想外に渇いた笑い声が響いた。


僕は《人喰い》の出夢。所属は『殺し名』、匂宮雑技団。職業は殺し屋。
命令が届けば殺すのが必然で当然で当たり前で運命で物語。





「なんだこの出来すぎ感」





少しだけ物語の存在を信じたくなった。







僕の大好きな人の大好きな奴を、僕は殺さないといけないらしい。







の幸せそうな笑顔が、頭に浮かんで、消えて。


すぐに泣き顔が出てきて、消えなかった。




「ぎゃははははは・・・・・・笑うしかないってか」







笑えない。言葉だけが空回りして、形だけの微笑みを作った。












(君の幸せより仕事をとること)















「出夢が・・・・・・殺したの?」
「うん」


は顔を埋めて泣いていた。僕の方なんか見もしない。



「滅茶苦茶弱っちかった。瞬殺」
「止めて」
「雑魚にも程が在るっての・・・・・・あんなのに僕なんか」





「止めて!」







叫び声。熱い頬。彼女の頬を伝う涙。僕の瞳で止まる涙。哀しそうな顔。不幸な彼女。不幸な僕。





「ごめん」





僕は謝った。僕は知っていた。そういえば彼女が、許してくれること。







「! ・・・・・・ごめん、出夢」






そんな彼女が僕は好きなのだから。
愛しているのだから。






僕なんかよりよっぽど傷だらけの筈の彼女は、慌てて涙を拭うと僕を抱きしめた。
その抱擁は、とてもとても優しくて、それでも僕の涙は目の奥で止まったままだった。














(謝ることで許されること)


の 区 別 だ け が つ か な い

(ねえそれって善かった悪かった?)