4.



「え?」





「え、じゃないっつの」
「あー最悪ー」



そう言って文句を言い始める、仲間は怪我でぼろぼろだった。
彼らはあたしに、例の彼にやられたのだという。


蝶々さまのところの――あの、少年に。



「突然殴ってくっか、普通」
「キレてんよなあ」
「ありえん。お前も近づかねえ方がいいと思うぜ」




嘘。
嘘だ。





だけど、それを言葉に出せるほど――





あたしは彼のことを、知りはしない。





あの眼差しがとても優しかったこと。
あの温もりがとても優しかったこと。






知っているのは、それだけ。








* * *










「本当の、話?」




少女はそう言って、俺の方を見た。
随分と泣きたそうな表情だった。




苛立つ。





そんな顔を見るのは、とても嫌だ。





「本当だ」





音がする前に、熱を感じる。
それからようやく、痛みに変わった。






叩かれた。






そんな事は、直ぐにわかる。






「あんただけは違う、とか――」






俯く。





それでも、少女の表情が手に取るように分かる気がした。
自惚れ――自分は彼女のことなど、何も知らないのに。






あの眼差しが、とても暖かかったこと。
あの涙が、とても綺麗だったこと。




知っているのはそれだけだった。






「――そう思うのは、あたしのわがまま、かな」






俯いた視界に、零れた液体が見える。
その部分だけ、地面が僅かに濃くなった。





耐えられない。
耐えるのは得意なはずなのに、耐えられない。





だから、彼女が走り去ったことが、純粋に嬉しくて。



胸を、焦がした。





傷ついた鳥を、必死に守ろうとした彼女。
その姿はただ神々しくて、まるで本当に光っているかとでも思ったぐらいで。



たぶん俺は、あの鳥に自身を投影したのだ。

あの矮小で卑小でどうしようもなく、生きて死ぬだけで何人にも影響を与えない姿に、自分を見た。
その存在がいなくなれば、目の前の少女は泣くのだろうかと思うと――不覚にも、泣きそうになる。





もったいないぐらいの液体がこの瞳から零れてしまうのは、きっと自分が幸せだから。
流す涙さえなかった、少しも水分を無駄に出来なかったあの頃とは、自分が違うから。





だってほら、立ち止まってるときに、









「……この格好つけ」








傍に居てくれる人間がいるから。









* * *










「あの子、鴛鴦んとこの子やね」
「知らん」
「あそ。まあ、よく頑張った」




大方、彼女のことでも馬鹿にされて、かっとなったのだろう。
そう適当に予想をつけるけど、どうやらあたりのようだった。





「じゃあ、最後にもう一度格好つけといで」
「何が」
「謝ってき」
「何で」
「その方が格好いいから」
「………………」








顔を見ないように小柄な体躯を包み込むと、意外にも抵抗されない。








「明日、いく」








聞こえないぐらいの小声が、少しだけ嬉しかった。